最初のきっかけは、指が白いな、って思ったことだった。
宿題を、あーでもないこーでもないと唸りながら考えている沢田綱吉の隣に獄寺隼人は座っていた。
さっきは綱吉に「ここ、教えてくれる?」と言われたので、溢れんばかりの使命感を持って解説していたのだが、綱吉は
途中から「ありがとう、じゃあ自分でやってみるね」と言い計算し始めた。
獄寺は心の中で、「十代目…ファイトー、いっぱーつ!」と叫びながら、やることが無くなったなーと思った。
そんで、ぼんやり綱吉の手元を見ていたら、ふと、細いな、白いな、と思ったのだ。
「白いっすね」 口に出した。
「何が?」
綱吉はそのまんまの姿勢で獄寺を見ずに問うた。
「十代目の指です」 またそのまんま口に出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・あ、そう」
綱吉は一瞬獄寺の顔を見たが、「また変なこと言い出したなコイツ」みたいな顔をして、すぐに顔を下げた。
獄寺は思った。(俺はなぜ十代目の指を意識したんだろう)
最初のきっかけは、そんなもんだった。
次のきっかけは、体育授業でのことだった。
その日はマラソンで、山本と獄寺は余裕でトップ組に入っていたが、綱吉は最後方組だった。
ようやく走り終わると、獄寺がタオルを持って駆け寄ってきた。
「十代目、お疲れ様でした!」
「ぜぇっ、ぜえ、ぜ、は、はぁ、はー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、う、ん、つかれ た・・・・・・・」
「お疲れ様です、はいどうぞ」
「うああ ありがと・・・・」
綱吉は、なんて甲斐甲斐しいんだ獄寺隼人、お前は新婚ほやほやの新妻か、と思いながらタオルを受け取った。
なかなか動機は収まらず、はっ、はっ、と、浅い呼吸を繰り返す。
顔はまっかっかで、苦しそうだった。
そんな綱吉を獄寺はじっと見詰めていた。綱吉の顔に穴が開いて通気性がよくなりそうなぐらい見詰めていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうした獄寺隼人」
「・・・・・・・・・・?!はっ、すいません沢田綱吉さん!」
綱吉は一瞬獄寺の顔を見たが、「また変なこと考えてるなコイツ」みたいな顔をして、すぐに意識を外に向けた。
獄寺の思考回路にはすでに耐性がついているのだ。
獄寺はまた思った。(…俺、なんで今目が離せなかったんだろう)
わからなかった。
綱吉に向けて獄寺が意識を向ける回数は、どんどん増えていった。
正確には、その仕草や体に意識を向ける回数だ。
こぼれたお茶が滴った顎のラインや、それを拭って舐める仕草、眠いときに目を擦る様子、その後ゆるゆると焦点が
定まらなくなる瞳の色合い。
恥ずかしがっているときに赤くなる耳、それに緩やかにかかった琥珀色の髪の毛の房、そして色づく項。
一番困るのは(なぜ困ると思ったのかは考えないようにした)、女よりもかさついているはずの唇にやたらと目がいくこと
だ。
困る。非常に困る。
でも獄寺は自分の気持ちを深く掘り下げようとは思わなかった。
(考えてしまったら…駄目な気がする)
逃げていた。
だけど。
その日はたまたま綱吉の補修がなくて、山本はいつも通り部活に行って、綱吉と獄寺は山本を見送った後で、じゃあ
オレらは帰ろっか、そうですね、と帰路についた。
何となく土手を通ろうと言い、ちょっと休んでいきますかと言い、夕陽を眺めながら男二人で土手に座りこみながら、
どっかの小学生たちが遊んでいたり、おじいさんとおばあさんと犬が散歩しているのをぼーっと見ていた。
取り留めのない話をしながら、穏やかな空気を楽しんでいたとき、獄寺がなにか言ったことに対し、綱吉が笑った。
獄寺に視線を向けて。
その顔が、瞳が、空気が、あまりにも柔らかく、透明だったので、獄寺は止まってしまった。
なんだいまの。
次の瞬間、体中の血液が一気に沸騰したかのような感覚に落ちた。
綱吉は止まった獄寺をいぶかしく見詰め、おーいごくでらくーんと呼びかけながら、獄寺の顔の前で手のひらを振って
みせた。
だめだ、もう無理。
「ごくでらく、ううおおお!?」
綱吉が振っていた腕を、がっ、と掴む。 そのまま引き寄せ、頭を抱えた。
熱い。
熱いです、十代目。
無意識に呟いた。
「好きです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」
ば、と同時に離れ、二人は見詰め合った。
この時、綱吉の頭の中では、「好き」がローマ字で変換されていた。SUKIってなんだ?どうした?って感じになっていた。
この時、獄寺の頭の中では、おれ今なんていった?SUKIっていった?すき?スキ?という具合に、こちらもローマ字変換
になっていた。
すき、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好き?
ぼふっ、と、二人同時に赤くなった。
綱吉は、ええ、あ、ええええ?と、ずっとAとEの発音を繰り返していた。
獄寺は、あーあやっちまった、と思いながらも、どこかスッキリした表情をしていた。
熱は一向に引く気配はなかったけれど。