「以上で本日の会議を終了する。質問のある奴はいるか」

進行役の獄寺君が淡々と終わらせる。オレは深く息をついた。

今日の会議はいつも以上に集中出来なかった。胃が重い。どうやら相当参っているらしい。

「ちょっと、いいかな」

一番奥の席に座っているオレが発言すると、途端に室内中の目がこちらを向いた。その中の何対かの視線に、またも心中を逆撫でされる。

「最近大分ファミリー内も落ち着いて来たし、今は大きな仕事もない。明日から三日ほどイタリアを出て羽を伸ばして来ようかと思ってる。同行人は」

ここで一旦区切り、近くにいる人物に目を合わせる。

「笹川さんで」

「了解したぞ!」「十代目!」

お兄さんの場違いに元気な明るい声と、獄寺君の非難めいた声が重なった。

幹部以外のメンバーは、取り立てて異論も無さそうに「いってらっしゃい」「お土産お願いします」等呑気な返事だが、残りはそうもいかない様だ。

ああ、イライラする。逃げ出したい。皆に対しても、オレ自身に対しても。

「幹部は残って、ああ、お兄さんもちょっと席を外していただいてもよろしいでしょうか。他は解散」

「ああわかった、明日の準備をしてくるぞ!場所はどこだ?」

「取り合えず暖かい場所です、服は薄めのもので」

旅行だ修行だ極限だ!と独り言を言いながら部屋を出るお兄さんに続き、ぞろぞろと人が出て行くと途端静かになった。

この空気。耐えられない。

予想通りというか何というか、真っ先に抗議して来たのは右腕である彼だった。

「十代目、どういう事ですか!?右腕であるこの俺ではなく、笹川だなんて!」

獄寺君の後に続くように、皆堰を切って続ける。

「俺もなー、今んところ暇だぜ?了平さん一人だけの必要はないんじゃねーか」

「ボスと幹部二人だけで行動なんて、少し軽率だと思うけどね」

「ボンゴレ十代目、俺もそう思います。全員、とまでは言いませんが、もう少し人を増やしてもいいのでは」

「僕もそう思いますね。仮にもボスと名乗るんだったら、もっと慎重に行動したらどうですか」

へー、皆そう思うんだ。しかも骸まで。ホントにそう思ってんの?そうだよね、『ボス』に何かあったら困るもんね。

どうしても思考が刺々しくなってしまうが、もうどうでもよくなってきた。どうせ、ここ最近はずっとそうだ。

「リボーンはどう思う」

オレは前を向いたまま、斜め後ろに立っているであろう彼に問いかけた。

「テメエ、何でそんなこと急に決めたんだ」

「別に」

「俺は休暇にも反対だな。落ち着いたとはいえ、ボンゴレ十代目を狙うファミリーは大勢いる。無駄な遊びは慎むべきだ」

「遊びじゃない」

「じゃあ何だ」

逃げたいんだよ。流石に口には出さない。

言うべきか、言わざるべきか。ここ数ヶ月、ずっと考えていた。

でも、オレは皆にぶつけたい衝動に駆られた。まだまだ甘えてる、と胸の奥で自嘲した。

「この屋敷から離れたい」

「どうしてですか!」

どうして?それを君等が言うの。

「ちょっと、離れて考えたいことがあるから」

「俺たちにも言ってくれねーのか?」

「一人で考えたくて、ごめん山本」

「気に食わないね」

「すいません雲雀さん」

「ボンゴレ十代目」

「ランボもごめんね」

「心が篭ってませんね」

「骸さんにはお見通しですね」

俺のいつもより乱雑な態度に、皆ぎょっとしたようだ。

「話は終わりだ。皆には迷惑かけるけど、三日間離れる事はオレの中で決定事項だ。 書類上の仕事はメールとかで添付して送って。

緊急を要する場合はケータイ繋げとくから大丈夫」

立ち上がったオレの背に硬い物が当たった。

「テメエ、いい加減にしろよ。我侭で自分勝手なボスに育てた覚えはねえ」

「いい加減にするのは皆の方だよ」

しん、と場が静まり返る。 オレはイライラしたままだ。心臓が嫌な風に収縮している。

ああ、こんな風にしか接することが出来ないなんて。結局オレは自分が一番のダメツナでしかない。

「ここ数ヶ月、ずっと考えていたんだけど。ボンゴレボスとしてではなく、沢田綱吉として」

呼吸を落ち着ける。

「オレは、皆から見て、どういう存在なんだろうって」

「十代目は素敵な方です!」

間髪入れず叫んだ獄寺君の答えは簡単に予想出来た。でもね。

「皆が一生懸命頑張ってくれてるのは知ってるし、そんな皆を見てオレも頑張んなきゃなあって、思う。 オレなんかについて来てくれるのが

もったいないくらい、皆カッコいいしね。 でも、皆、オレに何か隠してない?」

ここで顔を見渡す。 理解出来ない、傷ついた、途方に暮れた表情が交じり合っていて、オレは少しだけ後悔した。

さらに胃が重くなる。でも、悪い、止まりそうに無いや。

「ボスだからって、遠慮してるの?はは、オレはそんな偉い人間じゃないよ。 愛想尽きたら何時だって言ってくれればいい。皆はどう思ってるか

知らないけど、オレは皆を大切に思ってるよ。皆の好きにすればいいんだ。 後、五年は皆の力が必要だけど、それ以降なら何とか目処が付くと

思うし。こないだ無い頭絞って計算してみたんだよね。外れてたら笑えるけど」

「じゅ、十代目」

「とりあえず、今は皆から離れたいんだよ。お兄さんは何も考えてないみたいだから一緒にいても楽だしね。悪いけど、そういう事で」

皆、傷ついただろうか。

席から離れようとした時、ガヅッ!と音がした。雲雀さんがトンファーで机を叩き割った音だ。

雲雀さん、このテーブル、結構な値段だったと思いますよ。

「散々言ってくれるね、何時からそんな生意気になったの」

「すいません」

言いながらも、雲雀さんを見据えた。僅かに驚いた顔になる。

そりゃそうだよな、生まれて初めて雲雀さんを睨んでるんだもん。

「ちょっと聞きたいんですが」

「何、骸さん」

「綱吉君は、結局何が言いたいんですか」

あーやっぱ言わなきゃだめ?核心に触れるのが一番怖い。口に出せば現実であると形作られる気がする。

 

「皆が、実はオレのこと嫌いだった、って話だよ」

 

沈黙。肯定、か。

「やっぱりそうなんだ。そうじゃないかとは思ってたんだよね。よくオレなんかみたいな奴の傍に入れたね、別に無理しなくても良かったのに」

「違う!」

違わないよ山本。

「何が違うの、そんな目で見るくせに」

「そんな目、ってどういう」

 

「そのまんまだよ。その目。皆の、オレを見る目。気付かないとでも思った?生憎其処まで馬鹿じゃなかったみたいだよ。 一体何が言いたいのか

よくわからないんだよね。最初は気のせいかと思った。でも注意してみたら、皆時々そんな目でオレを見てるし、 最近は日に日に増しているんだよ。

仕事が出来ないから?頼りないから?昔のあのボスを決める闘いで、オレたちは絆ってもんが出来た、と信じてたんだよ。 でも、最近皆が何を

考えてるのか全然わからない。あんまり話もしたがらなくなってるよね。最近は報告以外で皆と話した記憶はないよ。なんなの。何で避けるの。

責めてるの?ボスには向いてない、って?何で皆何も言わないの?気、使ってるの?ボスが傷ついて、仕事に支障が出るから? それとも『沢田

綱吉』が嫌になった?鬱陶しい?『ダメツナ』だから? オレは皆のことが大事だと思ってるけど、皆がオレのこと、どう思ってるのか、全然わかんない」

一気に喋ったせいで、喉が掠れた。

なるべく感情が出ないように淡々と話したつもりだけど、最後の方は声が震えてたかもしれない。

やべ、なんか泣きそう。

「ツナ」

「リボーン、お前もだよ」

オレは後ろを振り向いた。家庭教師は、表現し難い複雑な表情だ。

「何が言いたいの。いつもならどんなに厳しい言葉だって言うくせに。オレに愛想尽きた?

リボーンがこないだその目でオレを見てきた時に、オレ、足元が崩れ落ちるかと思ったよ。

お前だけは、何でも隠さず言ってくれるって思ってたのに」

 

「皆嫌いだ。嘘、ほんとは好き。でももうイヤだ。皆も、皆を疑う惨めなオレも」

 

「逃げるのは情けないけど。もう限界なんだ。そんなわけで、しばし、一人で居させてくれ。チャオ」

 

今度こそオレは部屋を飛び出した。息を吐く。皆の顔を見続けるのに、もの凄く生命力を要した。

泣かなかったのが唯一の救いだな。

誰も追いかけて来る奴なんていない。やっぱりな。何期待してんだ。どんだけ女々しいんだ、オレ。

だから、嫌われるんだ。

廊下を歩きながら、涙を流した。今だけだ。帰ってきたら、オレは今度こそ立派なボスとして皆の前に立とう。

まだまだだけど。そう覚悟でもしなきゃ、誰も傍に居ちゃくれない。

ダメツナな『沢田綱吉』なんて、もういらないだろうから。

ずず、と鼻を啜った。ああ、何も知らなかった昔のように戻れたら。

無知で愚かでどうしようもなく幸せだったあの頃に。

 

 

 

部屋には意識を飛ばした男たちが中を見詰めていた。

「なんで、こんな事に」

ぽつり、とランボが漏らす。

「テメエら、十代目を傷つけたな」

獄寺が低い声でダイナマイトを取り出そうとしたが、山本の更に地を這うような「お前もだろ」の一言で動きを止めた。

「あの馬鹿・・・」

雲雀が低い声で呟く。骸が立ち上がった。

「おい、何処へ行く」

「綱吉君の所です」

骸はリボーンの方を見もせずに歩みを止めない。

「誤解を解かないと一生嫌われたままですから」

「抜け駆けすんのか!」

獄寺が叫ぶ。

「そうも言ってられない状況だね」

雲雀も歩き出した。気が付けば、我先にと皆綱吉を追いかけていた。あのリボーンでさえ、やや競歩気味だ。

「抜け駆けしないように、とか誰が言い出したんだ」

「知らないよ」

「十代目を傷つけてしまった・・・・」

「こんな事なら、協定結ぶんじゃなかった」

「あ!」

ランボが窓の外を見て悲鳴を上げた。

「どうしたバカ牛」

「く、車が!」

全員で外を見やる。一台の車が外へ出て行くところだった。

「く、逃げ足だけは速いな」

「追いかけるぞ!」

「当然」

「でも、幹部が全員抜けるというのは・・・」

「じゃあバカ牛、お前ここに残れ」

「えええええええ!!」

「言いだしっぺな」

言うが早いか、獄寺は窓から飛び降りた。ちなみに最後尾だ。他の面々は、既に外へ出ている。

「ボンゴレ・・・・・・ツナァァ!いやだ、俺も行くううう!!」

ランボの泣き声が屋敷に響いた。

 

 

 

 

空港で、必死の形相で追いかけて来た皆に驚いた。目頭が熱くなる。

いや、期待するなオレ。『ボス』に居なくなられちゃ困るだけかもしれない。

走りながらなにやら叫んでいる。よく聞こえないけど、オレを引き止めようと必死になってる。

やばい、また泣きそうだ。

追いついたヤツラが一気に喋りだす。

「すいませんでしたあああ十代目!まさか」

「ごめんツナ!そんな風に思ってるなんて知らなかった」

「僕達はそういうつもりで避けてたんじゃ」

「ツナアアアア!オレ、ツナのこと好きだ!」

「うるさいバカ牛」

「帰りましょう、君を傷つけたままじゃ耐えられない」

「ちょ、待て!いっぺんに喋るな!」

ロビーのど真ん中で黒スーツの男たちが(外見は)いたいけな少年を取り囲んでいる。

怪しいなオレら。お兄さんは手続きに行ったままだ。早く戻ってきて。

 

「俺達、ツナを嫌いとか思ったことは一度もない」

山本の言葉にオレはカッとなった。じゃあ、なんで。

「じゃあ何で、避けたりしたの!」

「それは」

「ほら、言えないじゃん!言いたくないんだろ、別に無理しなくていい!」

「ツナ聞け!」

リボーンが怒鳴った。オレは思わず黙る。

「辛い思いをさせてしまったのは本当に悪かった」

珍しい殊勝な態度に、驚いた。

皆が言葉を紡いてゆく。

「俺らも、ずっと悩んでて、皆気がついたのはここ一年の間で」

「言えば嫌われるかもしれないと思って」

「話し合ったんだけど、抜け駆けは禁止にしたんだよ」

「でも辛抱利かなくなりそうで、ここ最近はあまり傍に寄らないように」

「・・・・・・十代目!」

獄寺君が意を決したように語気を荒くした。なぜか、オレ以外の全員が硬くなる。

 

 

「実は俺達、十代目・・・・・・・沢田さんのこと、」

 

 

 

 

「あ、愛してるんです」

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにそれ」

 

「すすすすいませんでしたあああああああ!!!」

「ほらな!だから言うなって言ったろ!嫌われるからって!」

「この馬鹿、一人で全部バラしやがって」

「しょうがないね。綱吉を傷つけたら意味がないし」

「不本意ですが同感です」

「ツナアアアア!愛してるゥゥ!!」

「黙れバカ牛」

 

全身の力が抜ける。へたり込んだ。皆が慌てたように支えようとするけど、蹲っていたかった。

 

なんだ、それ。 じゃあ全部、オレ一人の勘違い、ってやつか。

 

「愛してる」だって。

 

なんだそれ。

 

 

「ふざけんな・・・・・・・・・・・」

「じゅ、十代目、泣いてるんですか!?」

「あー、獄寺泣かしたー」

「俺のせいじゃねえだろ!お前らのせいだろ!」

「沢田、手続き済ませて来たぞ!」

「綱吉君は行かないそうですよ」

「テメエも帰るぞ!」

ああ、もう。オレ、一人で、バカみたいだ。

ぎゃわぎゃわと騒ぐ皆の真ん中で、オレはどうしようもない幸福感に満たされていた。

今度こそ、涙は止まらない。ここ数ヶ月の重く苦しかった気分が、まるで嘘のように晴れ上がっていくのがわかった。

 

オレ、嫌われてなかったんだ。

よかった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・ねえ、」

「どうしました!?」

いや、そんなに反応しなくても。皆も振り向きすぎだから。

「じゃあ、なんで時々オレのこと変な目で見てたの?なんか、物言いたげっていうより・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは」

「たぶん」

「ムラムラしてた、かも?」

「押し倒したかったんですよ」

「●●●りたかったんだぞ」

 

 

・・・・・聞かなきゃよかった。