(ツナ)

彼がオレを呼ぶ。ツナ。ツナ。何度も。昔は周りからよく缶詰みたいな名前しやがってとか何とか言われていじめられたもんだ。けれど、彼の口から零れるのなら、オレはどんな名前でも良い。全て素敵に、キラキラと光るように聞こえる。ツナ。ほら、また呼んでくれた。頬にさらりと肌が滑る感触。じわり、と溶け出す温もり。オレはうっとりとその温かさに頬を寄せた。彼はオレの名を何度も呼び続けながら、段々と顔を近づけてくる。ああ、オレは世界一幸せな男―――

 

「――――――!!!」

 

綱吉は飛び起きた。心臓の音がうるさい。全身に掻いているであろう汗の量がハンパなかった。スズメさんの朝の挨拶が窓越しに聞こえる。陽の光が優しくおはようと言っている。

「それどころじゃねえ」

朝一発目の突っ込みを入れ、綱吉はベッドから這い出した。何なんだあの夢。恐ろしいにも程があった。本日は朝から人に会う用があるというのに全く体に力が入らない。

取り合えずシャワーを浴びよう、とバスルームへ向かう。服を脱ごうとして、はたと気付く。嫌な予感。恐る恐る、下を脱ぐ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

駄目人間、ここに極めり。硬くなった其処を見ながら、綱吉は一人涙した。

 

 

 

「おい」

あからさまにビクッとなった綱吉に、リボーンは片眉を上げた。

「な、なんですか」「『なんですか』って何ですか」

軽口を叩きながら近寄るとなぜか後退。これはさすがのリボーンも腹を立てた。

「お前最近」「アッそろそろ庭師さんのお手伝いをする時間だ!こりゃ失礼!」

どひゅん!と足を渦にして去っていったボンゴレ十代目。効果が古い、と突っ込みを入れる間も無かった。

「ターターララッターッタラ〜♪」

そこへ、素振りをしながら歩いてきた山本が居たので、リボーンは聞いてみることにした。

「おい、山本」

「おっ、よーッス!どーした小僧?野球?野球したいって?いやーこの時期になるとさー思い出すんだよなあ甲子園!真夏の思い出っつーか青春の」「そんなことより」

ばっさりと切り捨てられちょっぴり涙目になった顔が案外可愛いなあと思いながら、リボーンは続けた。

「最近、アイツおかしくねーか?」

「あいつ、って?」

「ボンゴレ十代目」

「ツナが?そーかー?」

何か悩みでもあんのかなあ、と心配そうに呟く。山本も知らないのであれば、誰も知らないだろう。とリボーンは思った。それは的を得ている思考だった。

「あっ」「何だ」「アレじゃねーの、お約束」「・・・・・?」「ラブ!」「ラブ」

そう、と得意げに指を立てたポーズはかっこよく決まっていた。

「愛だ、愛」

 

 

 

「ベックシュ!」

「ボス、風邪ですか?」

「うう、だいじょうぶ」

ずびーっと鼻を啜ったら、使ってください、とハンカチを差し出された。バラの花柄だ。還暦を既に越えている庭師さん(推定七十以上)の顔をまじまじと見つめながら、綱吉は鼻をかんだ。

「ありがとう、買って返すね・・・・・」

「そんな、勿体無い!お気持ちだけで十分です」

うふふあははと笑いあうほのぼのした空間。この時間は、綱吉の心を癒す貴重な一時だった。

「ボス、」「んん」「何かあったんですか?」

綱吉は的を誤った。掴んでいたホースの先は思わず隣に居た庭師さんに降りかかる。

「ブッ!!」「・・・・・・・・・ぎゃあああ!ご、ごめんなさいィィ!」

 

「ホントすんません、すんません」

「大丈夫ですよ」

何度も頭を下げられ、庭師さんは大弱りだった。一番偉いはずの青年(比喩ではなくそうだ、しかも規模は下手したら世界レベル)からこんな風にされると、たとえ原因が本人にあったとしてもちょっと困る。

「さ、ささ、着替えて!着替え持ってくるから!あっでも取り合えず服を脱がなきゃ・・・・・た、タオル!」

「ボ、ボス、大丈夫です、やりますから」

大き目のタオルを片手に(彼の作業用だ)上着を脱がし始める綱吉。老人はちょっぴり焦った。地位がどーのこーの以前に、妙齢の同性に服を脱がされるというのは――――

 

「・・・・・・・何やってんだ」

「「!」」

ビシリッ!と、空気が音を立てて固まった。

綱吉はこの世の終わりみたいな表情で真っ白になっているし、庭師さんは庭師さんで理不尽に気まずかった。彼は何も悪くないのだが、シチュエーションの運の悪さが決定的だった。

リボーンはリボーンで、こちらも珍しく固まっていた。先ほど、野球青年がふざけて言った台詞が頭の中をぐるんぐるんと渦巻いている。

『愛だ、愛』

チーン!と軽快な音を立て、何かが組み合わさった。まさか。いや、でもまさか。

マジか?

 

沈黙を破ったのは、一番初めに覚醒した綱吉だった。

「、あ、あの、どーしたの珍しいねこんなとこに来るなんて」

「・・・・・ああ。たまにはな」

「そそそそうなんだ」

その様子を見ていた庭師のじいちゃんは、何やらピーンと来たように目を丸くした。此処へ訪れた時から何となく様子がおかしかった彼。そして最強ヒットマンの出現により一層おかしくなっている彼。どビンゴだ。

「ボス!着替えて来るので、もう大丈夫ですよ」「えっ、」「お仕事あるんでしょう、また明日お待ちしています」

何だかニヤニヤしながら去っていく老人。呆然とする綱吉。無表情に佇むリボーン。

綱吉は非常に気まずかった。今朝の夢が頭に浮かんでくる。

 

(ツナ)

 

 

「おい」「、な」「お前・・・・・・・・」

リボーンは珍しく戸惑いを含んだ表情で、呟いた。

「好きなヤツが出来たのか?」

 

(――――――――!!!!!)

 

 

リボーンは絶句した。

目の前の男が、少女のように真っ赤になったのだから。

「、え、う、」

うろたえ過ぎだろ。

思いながら、リボーンは体の力が抜けていくのを感じた。

そうか。京子と離れてくすぶっていた男にも、やっと新しい恋が見つかったのか。良かった良かった。そうめでたい事だ。アレか、この場合やっぱり家庭教師としては祝杯を挙げるべきだと思うかそうか赤飯って日本からお取り寄せじゃねえかプレゼントは一戸建てとベビーベッドなアレか俺は式でスピーチやら出し物やらしなきゃいけねえのかボンゴリアン式パート112辺りで攻めようかあれは結婚式用にも使えた気がするなあっつうかこの場合どっちが新郎なんだ?年功序列で言えばじーさんか?裏をかいてじーさんは新婦?ギャグで落とすか披露宴ていうかあの二人が誓いのキスすんのか公害だろライスシャワーでもブッ込んでしまおうか。えっ、マジでちゅーすんの。

リボーンは、綱吉が居なくなったことに気付いていなかった。それほど、己の思考に深く入っていたのだ。自分が動揺しているのも、その理由も気付くことなく。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・バレた・・・・・・・」

悲壮なBGMの元、一人崩れ落ちた男が居た。沢田綱吉(30)だ。

バレた。ばれたばれた。いや相手はまだ知られてないはずだ。いやでもあの家庭教師なら、自分が興味を持ったことに対してとことん追求してくるはずだ。知られるのも時間の問題だ。それだけは勘弁。いやだって知られちゃったら今後一緒に仕事するにも色々支障が出るだろうしていうかあああああもうどうしよ逃げたい死にたむぎゅっ「邪魔だよ」

いやアンタ、人の頬っぺた踏んづけながら言う台詞かよ。

俺様王様雲雀様が天高く聳え立っていた。るように綱吉には見えた。

「何してるわけ。こんな人っ子一人居ない廊下で、一人、寂しく、孤独に」「はひょ、抉りゅのやめへもらへまへんは」

綱吉は赤く腫れた頬を擦り立ち上がった。雲雀は何だか面白そうに眺めている。思わず溜息が零れる。何故だろうか、綱吉は目の前の傍若無人な先輩に人生相談したい衝動に駆られた。

「雲雀さん・・・・・・・・、恋ってしたことありますか」

「あるよ」

「あるの!?」

当たり前のように言う雲雀が信じられない。何というか、ピンク色なオーラは彼には似合わないなあと思ったが、やっぱり人の子だったんだと妙な感心もしてしまった。

「あの、雲雀さんは、その、」「要領を得ないなあ。何だい、早く言ってみな」「ちょっと待ってくださいイラつく気持ちはお察ししますがなんていったらいいものやら!」「そーいう前置きが長いんだよいつもいつも」「あれっコレやばいんじゃないスか、ちょっと死にそう死にそう助けてく」

〜カノン演奏中(電話の保留音的な)〜

「こーいう展開、多い気が・・・・・・」「で?」

 

「す、すきなひとができたんですけど・・・・・・・」「ふーん。それだけ?」

 

「そっそれだけってなんスか!こっちは真剣に悩んでんのにあーマジでどーしたらいいかわかんねえんですよりによって何でアイツなんだよオレェェェェ!!!」「アイツって」「アイツですアイツっつったら一人しかいないじゃないですか天上天下唯我独尊傲岸不遜のオレ様天然馬鹿男ですよ!」「君、ほんとに好きなの?」「オレだって認めたくないんスよォォでも気がついたら顔思い出してるし気がついたら妙な妄想してるし気がついたら夢にまで出てくるしもうどうしたらいいのか・・・・・・・・」「綱吉」

ゴッドはキラキラと光をブッ刺しながら啓示を与えた。

 

「自分に素直に、生きることだよ。すなおに」

「す、すなおに」

「そう、正直に」

「正直に」

 

 

「雲雀さん!」

綱吉は立ち上がった。瞳には炎。額にも炎。全身に決意がみなぎっている。

「オレ、告白します!当たって散ってきます!華麗なバラの花びらのように!」

「おお、行っといで。頑張れ」

「ありがとうございまァァァす!」

雲雀は駆け出した綱吉を眩しそうに見ていた。自分の若かりし頃、あんな時もあったものだ。

「それにしても、弄りがいのあるカップルが出来そうじゃない」

 

「まさか、六道だなんて」

 

此処まできて多大なる誤解。

ちょっと待てェェ!と突っ込みをいの一番に入れるべき男は、最愛のひとの元へ飛び立ってしまっていた。