放課後、生徒指導室で散々絞られた後(実際、二人は上の空であった。頭では綱吉のことばかり考えていた)、教師は双方の親に連絡を取った。

連日で呼び出されたにも関わらず、沢田家の母は意外にも何も言わなかった。拳でげんこは食らわせていたが。

奈々は笑顔で『御迷惑おかけして本当に申し訳ありませんでした』と頭を下げ、リボーンに向かって『ガラスの修理代は自分で払うのよ』と言い残し、颯爽と去っていった。山本の父も似たような応対だった。『て、てぃーぴー何とか?はちゃんとわきまえろや!がはは』と豪快に笑っていた。帰るとき、息子に向かって『男は拳で語る時も要るんだよな』と呟いたのを聞いて、リボーンはさすが親子と妙に感心した。

あっけに取られた教師に一礼し部屋を出ると、

「俺が言うセリフでもねーんだけどさ、お前、傷つけんなよ」

 

リボーンが顔を歪めたのを見て、山本は満足そうに歩いていった。

向かう先は十中八九保健室だろうと思った。

 

 

 

 

知っている。自分がどんなに最低なことをしているか。それが、どんなにあいつを傷つけているか。

離れる度にツナの目は哀しみで揺れて、俺の心臓は少しずつ血を流していく。なのに沸き起こる優越感。

ツナが。俺に。俺だけを見てる。

他の奴に触れられたと知っただけで、その体を引きちぎってしまいたかった。なぜ、なぜ、理不尽な疑問と一緒に渦巻くのは、直視するのも躊躇うような黒い泥々の闇。

俺はツナが大事なはずなのに、どうして。何でこんなに苦しいの。

 

「たすけて」

 

届かない、小さな叫び。

 

お前は、俺を受け入れてくれますか。

こんな汚い俺でも。

 

笑って、傍に居てくれますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツナ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リボーンくん」

 

 

 

振り向くと、京子が立っていた。

いつもの柔らかい眼差しではなく、僅かな戸惑いを含む鋭い目。

「話があるんだけど、いいかな」

いつか来るとは思っていた。

「ああ」

諦めたような、疲れたような声。

京子は目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると辺りは闇に包まれていた。起きてすぐに感じたのは、頬に妙な違和感があるということだった。

消毒液のツンとした刺激臭。そして鈍く痛む頭。

(そういえば、殴られて)

意識を飛ばしてしまったのか。どこだここ。ていうか今何時だ。

と思い、体を起こそうとした。

 

 

 

「起きたのか」

 

 

 

有り得ない、と思った。なぜか。

 

 

 

声は、脳に直接届いた。『リボーンが居る』。その情報がダイレクトに伝わった。

そして体がやけに温かい。何かに包まれているのだと、そしてそれが体を包み込まれているからだと気づいた。

わからない。思考が追いつかない。リボーンは低く囁く。

「お前、寝てなかったんだな」

誰のせいだ。

唯一取り得の突っ込みを繰り出そうにも、口は動かない。からからに乾いているのは、何のせいなのか判断がつかなかった。

 

リボーンは綱吉の背後から抱きかかえるように包み込み、脇から肩をがちりと掴んでいた。足は足でがっちりと挟みこまれ、肌に押し付けられるスラックスの感触を少しだけ不快に思う。

何なんだ、といぶかしみ、そして少し震えているのに気づいた。

 

俺が?

それとも。

 

 

 

息が首筋にかかり、あ、と思った。昨日噛み切られた場所だ。

それでも怖いと思わなかったのは、後ろの気配がものすごーく反省しているような、落ち込んだような声だったからだ。

きっと今のリボーンはこう考えているに違いない。

(八つ当たりして綱吉を無視したり綱吉の首噛み切ったり綱吉を殴っちまったぜここは一発殊勝に謝るべきだよなうん俺たちいつでも二人で一つだもんな)とかだ。いや多分違うかもしれない。

思考はどうであれ、綱吉は一番言いたかったことを言おうと思った。

「、」

でも、声は出なかった。

(困った)

喉が少しだけ痛い。

どうしようと思案し、ツナは思い出した。

(ツナとリボーンはね、生まれたとき、手を繋いでいたのよ)

優しい母の声。

 

そうだよ。別にコイツ相手に、何を気負っている。

オレとお前、綱吉とリボーンだろ。

 

 

抱き込む腕にそっと、手を乗せた。

ゆっくりと手を握り、肩から外す。

下になっていた手を動かして、自分より大きくて少し冷たい手のひらを、ぎゅっと握り締めた。

(ちょっとくらい怖くなっても、何考えてんのかわからなくなっても、顔も見たくないほど嫌われても、)

少しでも届いたらいい。お前から零れても、小さくて頼りないオレの両手があるから。

 

(オレはお前が、)

 

山本のような『大事』ともちょっとだけ違う。奈々に対する愛とも、ちょっとだけ違う。

 

『特別』っていう言葉が、こんなに胸に突き刺さるなんて。

 

一生懸命力を込めて、綱吉は祈った。

心の中に溜まっていたドロドロした何かは、背中から伝わる温もりが全部溶かしてくれているのかもしれない。

そう思った。

 

 

 

 

小さな手が伝える温もりに、不覚にもリボーンは涙が零れそうになった。

闇に慣れている目は、うっすらと紅く色付く耳の縁と首筋をしっかりと焼き付ける。

ぎゅっと握り締められた手が、全てを許しているようで。そう錯覚させるような、温かさで。

謝りたかった。

でも今口を開けば絶対嗚咽が漏れると確信していた。情けねえ。

 

 

(ツナ。ツナ。つな。・・・・・・・・・・・・・・・・綱吉、)

(愛してる)

(ツナ)

 

 

声には出さないから。

せめて、想うことを許してください。

 

 

 

 

 

(時が止まってしまえばいいのに)

らしくない、馬鹿馬鹿しい望みに、小さく笑った。