ついに。

 

 

 

「おっしゃあああぁぁ―――――――――!!!」

「うるせえ糞餓鬼!」

 

川の向こうで薄汚れたおっさんが怒鳴りつけたが、山本は全く気にする事無く、土手の草むらに倒れこみ、ガッツポーズで叫んだ。

満面の笑顔で。

脳裏では、俯いて見えたあの子のつむじと、小さい鼻の頭、震えている肩が甦る。

その後にそっと抱きしめた。拒絶されたらどうしよう、と思った。

彼はびくりと腕の中で揺れたけれど、押し返すことはしなかった。それだけでもう、有頂天になってしまった。

少し経ってから返ってきた返事は最悪の答えではなく、曖昧なものではあったけれど。でも。

 

「言ってやった・・・・・・・・・・・」

 

想いを告げるということが、こんなにも胸を満たすなんて。

自然と零れる笑み。山本は流れる雲を見た。

薄く広がるその雲は彼の視界を優しく包み、端で溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はああ・・・・・・・」

「辛気臭せえな」

「ドドメ色だ」

世の中がドドメ色に見える。

背に影を背負ってぶつぶつと呟く姿は、見ていて気持ちのよいものではない。というか、気持ち悪い。

それでも、あまりにも切羽詰ったような、深刻な顔をしていたものだから、リボーンは思わず声をかけてしまった。

「で?」

「へっ」

ぽかん、とした間抜け面がこちらを見る。目が合う。

リボーンは平静な声で聞き返した。

「何をそんなに悩んでんだ、って聞いてんだ。禿げるぞ」

「はっ!はげねーよ」

ソファの隅っこで膝を抱えながら、俯く兄。リボーンは反対の端で長い腕をソファの背に回しながら、再度促した。

 

「あの、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・天変地異が起こったら、どうする?」

「は?」

「いや、えーと何ていうか、いきなり世界が崩れるっちゅうか、有り得ないことが起こっちゃったーみたいな」

「ついに頭がぶっ壊れたのか。ご愁傷さまです」

「違う!誰もそんなこと言ってねえ!」

何やら驚くような事でもあったのか。要領を得ない説明にイラッとくる。

そんなリボーンにはお構い無しに、綱吉はもごもごと口を篭らせた後、とんでもない発言をした。

 

「じゃ、じゃあ、

 

おとこどうし、って、

 

どう思う」

 

「・・・・・・・・・何が?」

「だだだから、つまり、その・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「黙るなよォォォ!!!」

 

 

涙目で迫って来る綱吉。肩をがくがくと揺さぶられながらリボーンは固まった。

 

あれか。『男同士』、って。いわゆる、

 

そういう事か?

 

 

双子特有のシンパシィかどうかはわからないが、少ない単語でも何となく理解した、してしまったリボーン。

だが納得がいかない。だって、今の口ぶりでは、まるで。

 

肩を掴む手を取り、力を込める。

 

「誰に告られた?」

 

耳に入った自分の声は、思ったより掠れていた。

瞬間に首まで真っ赤になった兄は、弟が全て悟ったことをわかったらしい。

大きな目の淵に溜まった涙がゆらゆらと揺れている。

透明な水に目を奪われていると、目尻から零れて頬を伝った。

 

「う、うえ、」

「泣いてちゃわかんねえだろ」

「ぐぶょお」

リボーンはテーブルに置いてあるティッシュの箱から数枚抜き取り、鼻に持っていく。

「ほら、かめ」

ぐずりながらチーン!と伊勢良い音が響く。思わず溜息をついた。

 

 

 

「で」

「や、山本に・・・・・・・」

あいつか。

爽やかな笑顔が憎たらしく思える。やけに構うのは以前から気になっていたが、こうもストレートに勝負をかけてくるとは思わなかった。

内心歯噛みしながらも、リボーンは一番気になっていることを聞いた。

「お前は何て答えたんだ」

「えっ、お、おれ?」

途端目を泳がせる綱吉に、リボーンは青筋を立てた。

「まさかテメー、了承したんじゃねーだろうな・・・!?」

「まさか!」

「じゃあ断ったのか?」

「えっ、いや、その」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前」

「だってェェェ!急にそんな事言われても、どうしたら良いのかわかんないじゃん!親友なんだよ!?」

「断れよ!普通に!」

「だ、だって、友達やめられたら・・・・・・・・・・・」

 

 

俺がいるだろ。

 

 

出掛かった言葉を飲み込む。

 

「と、取り合えず、考えさせてください、って言った・・・・・・・・」

思い出したのだろう、綱吉は再び目に涙を溜め始めている。

「泣くほど嫌だったのか」

「ちがう、そういう訳じゃない」

 

ただちょっと、びっくりしただけだったんだ。

 

綱吉は奥手だ。好きな子が出来ても、話しかける事さえ出来ない。告白などもってのほかだ。

生まれたときからずっと傍に居てそれを見てきたリボーンは知っている。

だから笹川京子にすんなりといけたのだ。兄が積極的でない、出来ないのを知っているから。

ただ。

恐らく生まれて初めて告白されたであろう彼は、しかも相手が男とあって、相当動揺しているようだった。

長い間共に過ごしてきた、『親友』の位置に居る山本武に言われたら、なおさら。

 

そんなもの断ってしまえ、と言いかけ、けれどリボーンは唇を噛み締める。

あの男はどのような思いで告白をしたのだろうか。

好きなのだろうとは思っていた。目がいつも綱吉を捉えていた。その奥に諦めの色があることを、リボーンは知っていた。

同じだ、と思った。

 

 

だが、彼は立ったのだ、スタートラインに。

 

そこに立つ資格すらない自分。

 

 

 

なぜ、俺は、こんなにも近くて。

 

こんなにも、遠いのか。

 

 

 

 

 

 

綱吉は洟を啜っている。柔らかな頭に手を乗せ、微かに伝わる温度を確かめながら、リボーンは幾度目かの溜息をついた。

それに反応して震える肩を、少しだけ、憎らしく思う。

小さな体。夢の中ではさらに甘く、自分を翻弄する。

何度も、何度も。

 

あいつもきっと同じなんだろう。

 

そう思い、ソファについている手に力を込めた。