「今日補習あるなー」

「ん」

「最悪、数学のセンセ俺ばっか当てんだもん」

「ん」

「そーいえば昨日のテレビ見た?野球」

「・・・・・ん」

「あっやべ、俺の大事なから揚げさんが」

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・ツナ」

「・・・・・・・」

「つーなー」

「・・・・・ん、んっ?」

綱吉が向くと、山本は寂しげな顔で、なぜかから揚げを箸でつまんだままプラプラさせていた。

「何か、元気なくね?」

「ん、いや、そんな事ないッス」

死んだ目で言われても説得力が無い。と山本は思った。でも口には出さないでおこう、それが思いやりというものである。

目の前にちらついたから揚げを見て、綱吉は唐突に手を伸ばした。

「くれんの」

「うおっ、」

「ありがひょ」

後半は咀嚼してちゃんと発音できていない。もぐもぐと食べる姿を見ながら、山本は「うあああリスみたい何か超可愛いんですけどっていうかそれ下に落ちたやつなんだけど・・・」と悶々と考え続ける。

十分に時間をかけて飲み込んだ後、綱吉は呟いた。

「変わった味だね、これ」

「あっ、そう?」

とぼけてごめん。というか、どうしよう。綱吉が変である。朝から何となく気付いてはいたが、元気付けるため大声で名前を呼んだり盛大に構ってみたり(何となしに役得)しても何も換わらない、どころか、時間が経つにつれますます元気がなくなっていく。

山本武は困ってしまった。そして、彼は素直で、何よりも綱吉が大好きだったので、気遣う言葉がすっと口から零れた。

「何かあった?」

綱吉は答えない。虚ろな目を見て、山本は胸を痛めた。

「あの、さ。俺で良かったら相談とか、のるし。ツナが元気無いと、・・・・・・・・・・・・・・つまんねーし」

最後らへんボソボソと呟きになりながら、そして若干照れながら、山本は頭を掻く。そしてチラリと隣を見た。

 

「」

 

 

 

 

何か、

 

やばい。

 

 

 

衝動的に、山本は綱吉の肩を掴んだ。

僅かな衝撃に彼の体は揺れ、綱吉はゆっくりと山本を見る。その緩慢さに、喉が渇く。

ゆっくりと開かれた唇の奥から赤い舌がちらりと覗いた。

自分が唾を飲み下した音が遠い。

 

「なんでかなあ」

 

「え」

 

目が合った。

綱吉の瞳は光に照らされ、ガラスのように輝いた。その中に何もない、と気付いた時、山本は再び綱吉の声を聞いた。

 

「何なんだろう」

 

 

 

 

 

 

最近、『放課後の教室で夕陽を浴びながら二人きり』というシチュエーションにやたら縁がある気がする。

しかもあまり良い思い出では無い。

リボーンは苦々しく思いながら、窓の外を眺めた。空に掛かった紅い陽は大きかった。校門を歩く生徒たちの中に、つんつんと逆立ったシルエットを見つけて、(あ。)と思ったとき、山本が喋りだした。

「呼び出して悪かった」

無言。けれど、山本は気にする風でもなく淡々と続ける。

「ちょっと聞きたいことあんだ」

相手の顔を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。表情の変化が全くないことに苛立ちを覚え、山本はリボーンの目の前に歩み寄った。

 

「お前、ツナに何かした?」

 

その距離、15センチ。反応を伺う。だがそれでも、表情は変わらない。

 

「ツナがさあ。元気ねーんだ。そんで、『ん』しか言わねーの。俺寂しくってさ。アイツ、笑わねえし」

差し込む夕陽が、じり、と肌を焦がす。

「顔覗いたら、死んだ魚の目ェしてるし。でもアイツの目、やっぱ綺麗だなあ。光に当たってキラキラしてた。ビー玉みたいだった」

ぴくり、と、柳眉が僅かに動いた。少しだけ気をよくして、山本は続ける。意地のようなものが形を変えて、口をついて出てくる。

「食ってる時の顔が面白いのな。小動物っつーか。ほっぺにモノ詰める癖、直したほうがいいかもなあ。でもそれがカワイイんだよなー」

リボーンは吐き気を覚えた。だが、顔の筋肉を動かさないよう、ぎゅっと拳を固めた。

 

この男の前では、死んでも顔を崩したくねえ。

 

 

「なあ」

 

「アイツ、もらってイイ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で俺に聞くんだ」

「さあ」

 

くすり、と笑った吐息が、唇にかかる。

思わず殴りそうになった右腕を、理性で必死に押さえる。

全身が何かに支配されたように感じた。

自分であって自分でない、ドロドロと蠢く、真っ黒な、何か。

 

 

(ツナ)

 

 

その名を呼んでも、どんなに心の内で叫んでも、何も変わらないと解っているのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ俺、部活行くなー」

 

ぱっと離れた彼はいつもの彼であった。纏っていた空気は霧散している。

動かないリボーンに、呼び出してごめん、と軽く手を振り、山本は教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下に出ると思ったより冷えていた。

「うおお、さみー」

自然と駆け足になる。

(やっばいな、早く野球してえ)

 

(そんで、終わったら)

 

(電話してみよう)

 

元気づけてあげよう。明日、家に来てくれと誘ってみるのも良いかもしれない。そうしよう。

俺と一緒に居るときは、あの男の事なんか忘れてしまえばいい。

 

階段を降りようとして、廊下の奥、先ほどまで居た場所から。

ドゴンッ、と、音が響いた。

そして、次に山本が見たのは。

 

派手な音と共に割れ飛び散った窓ガラス、から飛び出してくる椅子。

 

 

廊下に転がる椅子を見て、思わず笑ってしまった。