綱吉が家に帰ると、奈々があからさまにおろおろしていた。

そして「今から学校行って来るわ」とか何とか言って飛び出すように出て行った。

唖然としながら壁に掛かった時計を見ると、17時前。

(何があったんだ?)

綱吉には、全く・・・・・・・・と言っていいのかどうかは解らないが、多分己の事ではないだろうと思った。

奈々が声をかけなかったからだ。

だとしたら。だと、したら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綱吉は一人、リビングのソファで膝を抱えながらテレビを見ていた。

さっきから何度も見ている時計の針は、ようやく19時を過ぎたところで長針がかちりと一歩進んだところだ。

カチ、カチ、カチ、と、規則正しい無機質な音が響く。

 

(久しぶりだ)

 

圧迫感。

綱吉は時計の音があまり好きではなかった。というよりも、恥ずかしい話、少し怖かった。

小さい頃、真っ暗闇の中で響くその音は何か恐ろしいものが訪れる前触れのような気がして、その音がやけに大きく聞こえて、なかなか眠ることが出来なかったりした。

その度にリボーンや奈々のベッドにこっそり潜っていたものだ。

(・・・・・・・・おそい)

奈々が出て行ってから二時間。家から学校までは徒歩15分。

明らかに遅すぎる。

 

(まさか)

 

(アイツに、)

 

(・・・・・有り得ねえ)

 

 

胃が痛い。

一日弟と話をしていないだけで、何だかぼんやりとしている自分。

情け無い、たかが兄弟ゲンカだと思いつつも、一方的な無視に理不尽な痛みを感じる。

夕べのあの後から、ずっと口をきいていない。目も合ってない。その理由すら知らない。憶測でしかない。

何か、気持ち悪い。いやだ。

突然思考を遮るように、玄関のドアが開く音が聞こえた。

「!」

「ただいまー」

思ったよりものんびりした声に、少しホッとする。

普通なら出迎えなんてしないのに、綱吉は小走りに玄関へと足を運んで、

 

絶句した。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・どーしたの、そのほっぺ」

唖然とした声に少しだけ反応があったが、リボーンは綱吉と目を合わせなかった。

固まった綱吉と微妙な空気を気にすることもなく、奈々が口を開く。

「ツナちょっと聞いてよ!この子ったら教室壊しちゃったのよ!」

「へっ!?」

「窓も割れてるし机も椅子も壊れちゃってたし、もう母さん頭下げっぱなしだったわよぉ〜」

その割にはそこまで怒った様子も無い。奈々の顔とリボーンの赤く腫れた頬を見比べることしか出来ずオロオロしていると、リボーンは綱吉の横をすり抜けた。

「っ、」

僅かに触れた肩。それに反応し、微かに遠ざかる温度。

階段を上る足音が遠くに聞こえる。

「さ、ごはん作んなきゃ。ツナ手伝ってくれない?」

「・・・・・・・・・何なんだよ」

「何か言ったー?」

「・・・・・・・・・・・・・・何も!」

振り払うように頭を振った。

 

山本に告白されたことを打ち明けた時も、嫌悪した様子は無かったと思う、たぶん。

それに男同士がどうにかなったくらいで一々騒ぐやつじゃない、と思う。たぶん。

きっと大丈夫。嫌われたとかじゃない。たぶん。

リボーンはきっと、何か悩み事があるんだ。一人で抱え込んじゃってんだ。何でも一人で出来るやつだから。

きっとそのうち、またもとに戻る。朝起きたらおはようって言って一緒に学校行って、一緒にメシ食って、一緒に笑い合って、

 

「ツナ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ん、」

(痛てえ・・・・・)

その夜も、翌朝も、リボーンとは顔を合わせることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

教室に入るなりいきなり囲まれた。

「!?」

「な、マジで!?」

「な、何が?」

人数があまりにも多すぎて何をしゃべってるのか全くわからない。しかも皆、異様に興奮している。

訳が分からず呆然とした綱吉に、誰かが叫びを投げつけた。

 

「リボーンと山本がガチでヤりあったって!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

やり?

 

「昨日見たやつがいるんだって!」

「派手に殴りあったんでしょ?」

「窓ガラスぶち破ったんだろ!?」

「えええええええええええええ」

何だか凄いことになってる。

と思いながらも、綱吉は咄嗟に全否定した。

「無い。無い無い。ナイナイナイ!」

「そー、有り得ない」

一瞬にして綱吉の頭上に視線が集中した。

「や、」

「山本!」

「おーっす」

頭上から呑気そうな声が聞こえる。綱吉は小さく息を吐いた。山本。

胃がキリッ、っと音を立てたのを無視し、振り返る。

「やまもと」

 

そして、思わず息が止まった。

 

山本の肩越しに見えた顔はとても白い。

背後に固まった空気を感じながら思ったことは、(お前、メシ食った?)だった。

「邪魔」

「ああ、悪い」

件の二人の様子を周りがじっと伺っている様子にも、当の本人たちは頓着した様子も無い。

リボーンは席に着いて頬杖をつき、山本は同じように座った後「疲れたー」と言ってすぐに眠り始めた。

いつもと同じ風景。

不審気に、でも気を削がれた面々が、ぞろぞろと戻っていく。

 

 

気持ち悪い。

 

 

 

「おい、ツナ?」

誰かの声が霞んで聞こえる。

視界がぐらり、と揺れて、

(胃が、)

何か聞こえた。でかい音、声。けれど聞きたくなかった。もう全部、めんどくさい。消えたい。