頬に温度。覚えがある、この温もりはどこかひんやりと柔らかに包む。
気持ちよくて擦り寄ると、僅かな間が生まれた。
再び緩く撫でられて落ちてゆく。
「お、起きた?」
「・・・・・・・・・・・・・・山本」
目が覚めると山本がほっとしたように笑っていた。やまもと。
(・・・・・・・・・・・さっきの、)
起きなければ。でも体が動かない。とても重く感じる。
それでも無理にベッドから抜け出した。山本が体を支えようと手を伸ばしてきたけれど、やんわりと遮った。
空気がどこか不自然になる。
「・・・・・・・・今、何時」
「・・・・・・ちょうど昼。メシ、どーする?」
「いや・・・・・・・・食欲が」
あら沢田君起きたの、もう大丈夫、じゃあ帰ったらよく休むのよ、という先生の優しい言葉を背に保健室を出る。
遠くの喧騒を聞きながら、二人、並んで廊下を歩いた。
隣の山本が歩調をあわせてくれている。いつもなら、あくまで友人として、嬉しく感じるところだけれど。苦しかった。
「ツナ、」
山本が何を言いたいのか、言おうとしているのかわからない。綱吉は立ち止まった。つられて山本も止まる。
さり気なく回される手以上にそれを拒めない自分。一方的に無視されてもそれを受け入れる自分。ぜんぶ人のせいにして、逃げ続ける自分。
吐き気がする。
「ツ」
「山本」
無理矢理遮って大きな手を取った。山本が目を見開く。構わずに、そして迷わずに頬に当てる。
違う。
温かい、骨ばった感触。日差しのよう。大事な友達。
山本はただじっと綱吉を見ていた。何も言わず、時が止まっているかのように、ただ綱吉だけを見て。
視線を落としながら、綱吉はぎゅっと目を瞑った。
言わなければ。本当の気持ち。山本に対する、うそが無い、オレ自身の思いを。
誰かの笑い声が聞こえる。そして、廊下を走る音。遠い世界のようだ。
「ごめん」
山本が小さく、うん、と呟いたのが聞こえて、綱吉は泣きそうになった。だけどぐっと堪える。ダメだ。泣いたらダメだ。もっと惨めになる。
自分の膝が少し震えている。情け無い。がんばれ。
「ごめん、」
それでも、自分には、震えるか細い弱々しい声で、ひたすらに謝るのが精一杯だった。
大好きだよ。
そう言えたらどんなに楽だろう。
自分には許されない。大事な親友が、もっと傷つくから。
曖昧にしていた感情は、初めから気づかれていたのだ。結局はベクトルが向き合わないことも。
大きな手はどこまでも優しくて、とうとう綱吉は少しだけ、静かに泣いた。ごめん、と紡ぎながら。
扉を引くと、皆が一斉にこちらを向いた。もう昼の授業が始まっていた。
「もう大丈夫なのかー?」
「はい」
「山本は?」
「トイレです」
そうかーと返ってきた声にほっとして席に着いた。
山本は今頃屋上にいるはずだ。
席に着いてそっとリボーンの席を伺うと、綱吉は目を見開いた。リボーンが居ない。
隣の席の友人に聞くと、ああ、と言って。
「早退したぜ、お前がぶっ倒れてから次の時間に」
「・・・・・・・なんだ、それ」
「保健室行くっつってたけど、気がつかなかったのか?」
知らない。
友人への挨拶もそこそこに教室を飛び出した。
もう無視とかどうでもいい。あの陰険な分からず屋と話をつけなければ。その衝動が綱吉を突き動かしていた。
家までの距離がもどかしい、自分の足が遅いのがとても歯がゆい。
門から玄関へと駆け込んでそのまま二階へ駆け上がった。
目指すは一直線、最低で最愛の、我が弟の部屋。
ゴンゴン。
「入ります!」
有無を言わさぬ口調でドアを開けた綱吉は、硬直した。
暗い部屋の中、リボーンはベッドの上で座っていた。
「リボーン、」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
緩慢な動作。らしくない。空気を震わせるだけの声からは、戸惑いが伝わってくる。見えない顔。
お前、今、何を考えている?
「リボーン」
ベッドの上で己に向かって手を差し出す少年は、初めて会うかのように知らない人間に見えた。
綱吉は一瞬、後退しそうになった。が、ぐっと踏みとどまる。一歩、左足を前に出し、ゆっくりと近付いていく。
何を言われるのか、何をされるのか、全くわからなかった。正直とても怖い。
でも、逃げないって決めた。
僅かな距離を開け向かい合った二人は、薄暗い闇の中見つめあった。
綱吉には、リボーンが何か戸惑っているように感じた。じっと待つ。しばらくして、僅かに空気が動いた。
腕に触れたのは冷えた指先で、思わず肩が跳ねる。
それが合図のように、軽く引っ張られたと思ったら、頭に手の感触。視界には制服。
抱きしめられていた、なんて、そんな表現ふさわしくない気がした。
頭を胸の中へ押し込めるように、でも、背に回された腕は触れられているのかわからないくらいに遠慮がちであったから。
綱吉は、怒りを通り越して呆れた。
人の好きな女の子を奪って、ようやく立ち直ったら今度は避け始め、散々落ち込ませた後、今はこんなにも近づいて。
少しだけ弾む心臓には気づかないふりをして言ってやった。
「お前、何がしたいの」
「黙れ」
「何様だよ!」
即答で返ってきた声が意外にも掠れていたため、不覚にもつられて震え声。
情け無いのはお互い様だ。それも互いに自覚してる。
ていうか謝れ。