リボーンはずっと黙ったままだ。
綱吉はリボーンの心臓の音を聞いた。すこしだけ、早い。
(何だコイツ)
緊張してんのか。
そう思ったとき、安堵が体を支配した。だって、少なくとも、オレの事を気にかけているってことだろ。
耳に大きな溜息がかかった。
不安とか、苦しさとか、戸惑いとか、切なさとか、そういうのが全部混ざったようだ、と、綱吉は胸を押さえた。
リボーンが何かに耐えている。何なのだろう。周りが見えなくなるほどの、よっぽどのことがあったのだろうか。
言ってくれればいいのに、と少し思った。でもその考えを振り払う。
お互い違う人間なのだ、価値観や考え方が違ったって当然。相談してほしいなんて、自分のエゴでしかない。
自分よりも大きい体を、ゆっくりと抱えた。リボーンの体が震えたのに驚いたけれど、綱吉は腕を下ろさなかった。
そのまま、背を撫でるように滑らせる。少しでも楽になってくれたら。
頭を掴んでいたリボーンの手が少しずつ緩くなって、だんだんと、撫でるように髪を梳き始めた。
戸惑いを含んだ手つきが、段々と綱吉の体の力を抜いていく。お互いの呼吸と、心臓の音と、たどたどしい手の動きが、今は世界の全てであった。
完全に安堵しきっていた。
わだかまりが消えた、と感じていた。
だから、一瞬にして空気が変わったとき、綱吉は思考が追いつかなかった。
「え、」
首筋に顔を埋めたまま、リボーンは固まっていた。綱吉の髪を撫でていた手も、いつの間にか止んでいた。
綱吉は戸惑いながらも、背に回していた腕を下ろした。
どうしたのだろう。
「リボ」
脳に衝撃が来た。呼吸が出来ない。頭に、体に痛みを感じたのは一瞬後だった。息を吸おうとして苦しさを感じたのは、リボーンが緩く首を絞めているからだ、と気づいた。
「―――――――、」
「なんで」
気の抜けた声。こんな声を出す弟は初めてだ。頭の隅でどこか冷静に思いながらも、首にかかる手の冷たさにぞっとした。
床に叩きつけられるように押し倒され、綱吉は抗議の声をあげようとした。けれど、怒りを僅かに上回る、背筋が冷えたような、逃げ出したいような衝動が邪魔をした。代わりに口から出たのは、弱々しい疑問だった。
「・・・・・・・・・・何が?」
「お前、」
す、と首筋に指が這った。
怖くて声が出ない。引き攣ったように開いた口から、は、と小さな息が零れた。
そしてその瞬間、綱吉は思い出した。
今触れられている場所。
(・・・・・・・・・・・あ、)
「謝ってほしくない」
山本の声は綱吉の耳にすっと入ってきた。綱吉は顔を上げた。山本は少し顔をゆがめて、それでも笑っていた。
「俺はツナが好きだ。でもそれが叶わなくても、どんな形でも、ツナの傍にいられればいい。お前を助けて、助けられて、一緒に笑い合って、傍にいれたらいい。お前を幸せにしたい。一緒に幸せになりたい。だからって、その幸せが同じところにあるとは限らない」
知ってたんだ、と山本は呟いた。
なんて言ったらいいのかわからなかった。「これからもよろしく」?そんな都合よくなんて、山本に失礼だと思った。
見透かしたように山本は微笑んで、「いいんだ」と言った。綱吉の濡れた頬を指先で擦り、目に親指を添えた。
「いいんだよ、ツナ。離れられるほうが辛い」
底のない優しさ。自分の甘えさえも受け止めて、笑ってくれる人。
「・・・・・・・・・・・・オレ、」
「ん」
「山本のこと、大事だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
つな、と声が聞こえた。目の前にあった山本の顔が消えて、視界には白しかなかった。
(え?)
「ごめんな」
「ッ?」
首に触れた柔らかいもの。鈍い痛み。
素早く離れた体温、女の子の大半が爽やかに感じるであろうその笑顔。
「悪い、我慢できなかった」
まあ餞別としてちょっとだけとかいいながらへらへらしている親友を呆然と見つめながら、首に手をあてたまま、綱吉は詐欺だと思った。
(忘れてた――――!)
もしかしなくても、痕がついてるのだろうか。
と考えたところで、リボーンが徐に首筋に顔を寄せた。
真っ白になった。視界も、思考も、全部。
びり、と肌が裂ける音。捕まれた手首がミシリと悲鳴を上げた。生々しく綱吉の耳に残る。
「、」
「―――――」
山本の時と違う感触。
感じた痛み、以上に、全身を駆け抜けた、なにか。
「ただいまー」
柔らかな声が階下から聞こえた。
「あれ、二人とも帰ってるの?誰かお夕飯の仕度手伝ってー」
綱吉は、リボーンの手がゆっくりと離れるのを、見た。
体が動かなかった。
影が遠ざかっても、ドアが閉まる音を聞いても、天井を見たまま、指先すら固まったままで。
捕まれたところがじんわりと冷えていった。