『天使の歌声』って、知っていますか?
知らない?
そうなのですね。
では、お教えしましょう。
それは。
ぶつん。
ザ―――――――――――――――
「・・・・・え?」
いきなりテレビの画面が消えた。
何だよ、タイミング悪すぎるだろ。
思わず一人ごちた綱吉は、砂嵐の画面を見詰める。
「天使の歌声、って、何なんだろう」
よっこらせと親父くさい台詞を吐いて立ち上がる。
テレビの調子が悪いのは、ここのところずっとだ。
バシン、と叩いたとき、微かに声が聞こえた。
「・・・・・・・・・・」
周りを見やる。誰もいない。
だよな。
もう一度テレビを叩こうとして、今度こそ声が響いた。
「・・・・なんだこれ」
部屋いっぱい、歌声が満ちている。
賛美歌のような気もするが、綱吉にはよくわからなかった。
その声は、人のもののようで聴いた事のない声だった。
というか、もの凄く怖い。
惹きつけられるが、うっかりするとそのまま永眠しそうだ。
何だコレ、まさか。
天使?
「・・・・・いやいやいやいや」
疲れてんだオレ。
寝よう。
綱吉は、耳栓をして寝た。
「『天使の歌声』ってCM、知ってる?」
「何だそれ、知らねえ」
牛乳を飲みながら、のんびりと友人は言った。
ふうん、と相槌を打ちながら、綱吉は頭を振った。
気にしすぎだ。忘れよう。
「天使かあ」
呑み終えたパックを潰しながら、山本がぽつりと言う。
「天使の歌声、聴いたらな」
「・・・・・・・うん?」
「死ぬらしいぞ」
綱吉は持っていたペットボトルを落っことした。
「・・・・・・・・・・・・会っちまった」
「何だテメエ、失礼なやつだな」
下校中、いきなり目の前に現れた赤ん坊は、明らかにソレだった。
一発でわかった。 頭の上で輪っかが煌々と輝き、しかも浮いていたからだ。
よく見ると、白い可愛らしい羽が肩から覗いて見える。
今時こんなコスプレで街中を堂々と歩くヤツなんて、そういない。
それが流暢に喋る赤ん坊なら尚更だ。
ただイメージと全然違うのは、真っ黒なスーツに身を包んでいるということだった。
悪魔か。いや、輪っかがあるもんな。
でも悪魔なら角と羽くらい簡単に変えれそうだよな。
直接聞いてみた。
「お前、天使?」
「そう見えるか?」
ニヤリと笑ったその顔は、どう見ても悪魔だった。
そのまま部屋までついてきたヤツは、のんびりとコーヒーを啜っている。
「天使ってコーヒー飲むんだ」
「まーな」
妙に様になるその格好を眺めながら、綱吉は脱力した。
とりあえず、コーヒー飲んだら帰ってもらおう。
「お前、夕べ『天使の歌声』聴いただろ」
「!」
がばり、と飛び起き、目を剥いた。
「な、なんで」
「そーゆーヤツは、頭に輪っかが出来るんだ。俺達だけに見える」
ちょん、と自分の頭を指差しながら言う。
「そんで、聴こえたヤツは『天使』になる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「起きろ」
スカコーン!といい音立てて、カップが綱吉の額に当たった。もの凄く痛い。
「だから天に召されるんだぞ」
額を擦っていた綱吉は、思わず息が止まった。
「・・・・・・・・・・・・・・それって、つまり」
「ああ、『死ぬ』んだ」
「」
声が出ない。
これまでの人生が、頭の中を駆け巡った。
これが、走馬灯ってやつか。ぼんやり思った。
「大丈夫だ」
「ちっとも大丈夫じゃない・・・・・」
大体、現実味がない。
いきなり『死ぬ』と言われてハイそーですか、なんて言えるわけない。
信じられるわけがない。
目の前の(姿だけは)可愛らしい天使は、ニヒルに笑った。
「死ぬときは全然痛くないぞ、なんせ腹上死だからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は」
「俺の精子をテメエの尻の穴にぶちまけたら死ぬんだ」
まあ、要は中出しだな。うっかり外に出したら人間のままだけどな。
人事のように呑気にほざく天使を目の前に、綱吉は目の前が真っ暗になりそうだった。
正直、この赤ん坊が何を言ってるのかさっぱり理解できない。
ていうか、天使って精子とか出るのかよ。
そもそもお前、男だろ。
ていうか赤ん坊だろ。
何か、そういうプレイをしろってか?
生憎そんな変態嗜好は持ってないんだけど。
言いたいことはたくさんあったけど、綱吉は全て放棄したくなった。色んな意味で本能が理性に打ち勝った。
「ごめん、寝ていい?」
「させるか」
ボワンと白い煙が立ちこめ、その中から一人の男が出てきた。
いやに綺麗な顔つきをしている。
「この体なら、問題はねえぞ」
言った途端、覆いかぶさってきた。
「ぎゃああ!ヤメロ!離せ!警察呼ぶぞ!」
「うるせーぞ」
あっという間に剥かれ、体を弄られ、聞いた事も無いようなはしたない声を出して、綱吉は意識を失った。
(・・・・・・・・・・・・・)
あれ、オレまだ生きてる?
あ、もしかして、夢?
あー良かった。
そうだよな、天使なんて本当に居るわけがない。
悪い夢だったなあ、疲れてんのかなオレ。
体を起こそうとして、激痛が走った。主に下半身。
「・・・・・・!」
声が出ない。喉がとても痛い。
ゆっくり腕を動かして目の前に持ってきてみた。
あちこちに、赤い痕が付いている。
ぎゃあ!と叫ぼうとしたが、喉からは掠れた呻き声しか出なかった。
ばさり。
「お、起きたか」
いきなり部屋の中に入ってきた男を見て、綱吉は再び暗転しそうになった。
(・・・・・なんでお前が!)
大きい姿のまま、なぜか風呂上りスタイルだ。
「風呂借りたぞ」
(いきなりフレンドリーだなおい!てか、帰れお前!)
「ああ?ふざけんなよ、テメエを天使にしなきゃなんねえんだよ」
(・・・・・・・・!そういえば、オレ死んでない・・・・)
「あー、それはこっちの手違いで中に出せなかっただけだ。気持ちよかったけどな」
(・・・・・・・・!!!黙れ!死ね!消えろ!)
「死ぬのはテメーだっつってんだろ」
綱吉は絶望に浸ったまま、白い羽が舞う部屋で、白目を剥いて再びぶっ倒れた。
「軟弱なヤローだぜ」