「どうした?」

怪訝そうなリボーンの声も、その時は遠い虹の彼方で囁かれていた。

信じられない。オレの人生の中でまさか『奇跡』というものが起こるなんて、予想もしなかったことだ。ミラクルだ。

靴の上にそっと置かれている、可愛らしいピンクのラッピング。オレは目を見開いたまま、上に添えられているカードを見た。

『笹川京子』

「―――――嘘だ!!!」

思わず叫んだ。叫ばずにいられようか!

まさか、…………まさか、あの、あの人から!

やばい。ちょっと待って欲しい、やけに苦しいんだけど。何だか目の前が真っ白になってんだけど。

あれ、コレ夢?てかお迎え?お花畑にいるじーちゃんが手を振ってるのは気のせい?

「おい、何で息止めてんだ」

「ハッ!」

瞬時に覚醒したオレは光速で目を擦った。

隣で目が傷つくだろとか喚いてる声が聞こえるけどそれどころじゃない。

ピンクの箱を引っつかんで、目にじっとりと焼き付けた。『笹川京子』、間違いない。

息を呑む音。リボーンの方を振り返り、オレは再び叫んだ。

 

「………………オレ、死んでもいい!!」

「言ってろ」

 

リボーンが吐き捨てるように言った。

いや、お前はどうでもいいだろうよ。高々チョコレート一つ、小指の先ほどの足しにもならないだろうよ。

家の郵便受けには溢れんばかりに箱が押し込まれて、玄関先にはダンボール並に大きい贈り物が山積みになっていたし。

登校中は容赦なくチョコの嵐が吹き荒れて、両手は箱たちで溢れかえっていたし。ちなみにオレの両手。当然のように荷物もち。

学校に着いたら着いたで靴箱から机、ロッカーに至るまでチョコが溢れて男たちの恨みがましい視線を集めていたし。(妙な視線もあったけど)

歩くだけで…、いや、座っているだけで…、いやいや、息してるだけで向こうから勝手にチョコレートがやってくるし。

 

感動に打ち震えるオレの傍で、リボーンは色の無い声で呟いた。

「ま、物好きも居るってこったな」

「見てみろよコレ!あの、………………あの!きょ、きょ、」

「あ?」

「………………………………きょうこちゃんから………」

と言った瞬間、手の中の感触が消えた。『笹川京子』の文字と一緒に。

「へっ」

グシャッ!

「………バカじゃね?」

 

………………お前、何やってんの?

 

 

リボーンが、口の端を上げた。

 

 

 

信じられない。

信じられなかった。

意味がわからない。リボーンのくせに。リボーンなのに。何でだ。

オレを容赦なく殴る手。オレの頭を乱暴に撫でる手。オレの目から零れる涙をそっと拭う手。

優しいはずの大きな手に握りつぶされた奇跡を、オレはただ呆然と眺めるしかなかった。

こいつは知っている。オレが、京子ちゃんに憧れていることを。何度も話した。笑顔で聞いてくれた。

こいつ、本当にリボーンか?

目の前の男が瞬きをして、その切れ長の目が鋭く光っているのに、背筋が凍った。

けれど、次の瞬間に全身を駆け抜けた怒りに脳みそは沸騰し、すぐにその冷えた温度は忘れ去ってしまった。

「………なんで」

「帰るか」

リボーンは背を向けた。

一瞬、殺意が湧いた。今のオレだったら、目の前の最強な男でも視線で射殺せそうな気がする。

何もなかったかのように、どんどんと離れていく。

わけがわからない。オレ、何かした?

ただの八つ当たり?気まぐれ?

それにしてはちょっと、ひどすぎやしないか。なあ?

 

遠ざかっていく背中を見つめながら、自分が震えているのに気づいた。

怒り、悲しみ、………それ以外の、何か、なのだろうか。

ただ一つ、ハッキリしていることは。

あの背についていく気なんて今はサラサラない、ということだ。

 

 

 

 

 

「つっくーん、もう八時よー」

「………んー」

知ってる。さっきからずっと壁に掛かってる時計を見てるから。

携帯電話を見る気は無かった。どうせリボーンからメールなんて無いだろうし、あっても無くても、まだ許せない。今は、まだ。

あいつは何を思ってあんなことをしたんだろう。京子ちゃんが好きなのだろうか。それは無いと思う。さり気なく確認したことがあるけど、顔をひしゃげていたから。

約束していた時間は八時。毎年『ありがとう』の意味…があるのかどうか定かではないが、チョコを交換するのは行事化している。

昨日、慣れない手つきで必死にボウルの中身をかき回した。あのチョコは無駄にしたくない。

ハートの型しかなくて、恥ずかしがりながらも諦めて作った、……アイツへの、贈り物。

 

「………くそ、」

 

オレはバカかもしれない。

理不尽なことをされて、もう顔も見たくないのに。

身体が勝手に、動き始めるのだから。

 

 

いってきます、と口からでた台詞がちょっとだけ強張っているのを無視して、玄関を飛び出した。

やばい。

心臓が少し固まっている気がする。

よし、深呼吸だ。大自然の空気を吸えばきっとこんなちゃちい緊張も………ダメだ、全然ほぐれない。ていうか寒い。

ちがう、何でオレが緊張しないといけないんだ。何も悪く無いのに。一体何だというのだ。バカバカしい。

こうなればと夜空の星に向かって手を広げていると、隣から既に出てきていたらしいリボーンと目が合った。

「………」

「………」

可哀想なひとを見る目つきが非常に気に食わない。そもそも視線を交わしている事が腹立たしい。

だが今のオレは寛大なのである。その証拠に、文句も言わずに無言で箱を差し出してやる。

やけに可愛らしい、乙女チックな花柄模様の袋に包まれた四角い箱。母さんがやった。

リボーンが笑った気配がした。でも見たくなかった。正直、とっとと立ち去りたくてしょうがないのだ。

「ん」

目の前に差し出された真っ赤な箱。特に感動は湧き上がってこない。

受け取ろうとしないオレに焦れたのか、リボーンはさらに突き出してオレの胸に押し付けた。

それでも手は動かしたくなくて、もう帰ろうと思って背を向けた。

「………おい、」

「……………何」

「欲しくないのか」

「いらねー」

「………何言ってんだ」

 

お前に言われたくない。

 

胸の中で一瞬膨れ上がった憤りを鎮めて、足を踏み出した。

腕を掴んでいた手が滑り落ちて、そこから温度がゆっくりと消えていったけれど、オレは足を止めたくなかった。

早く部屋に戻りたい。

ドアを閉める直前、リボーンが何か言った気がしたけれど、聞こえないふりをした。

 

何であんなことしたんだろう。

何で普通なんだろう。

オレを貶めておいて、なんで何とも思っていないように振舞っているんだろう。

………なんで?

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がってベッドにもぐりこむ。枕元にある携帯電話をチェックすると、メールが一件着ていた。

「、」

リボーンだった。

見たくなくて、それが何となく怖いと思っている自分に腹が立って、ゆっくりとキーを押した。

 

『悪かった』

 

たった一言。

送信時間を見た。

『19:46』

 

「―――――――、」

 

くそ、

 

―――――――何なんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

ゴンゴン、と窓を叩くと、すぐにカーテンが開けられた。

目を丸くしているリボーンに口で開けろと伝えると、すぐに窓は開いた。

「、おまえ」

「寝かせろ!」

問答無用でベッドに身体を突っ込む。冷えているのにイラついていると、すぐにリボーンが入ってきた。

「……狭いんだよ」

「ダブルだぞ」

「もっとあっちいけ」

「…………寒いだろ」

「なんであんなことしたの」

 

黙るなよ。

苛々する。もう寝てしまおう。こいつはきっと、一生答えを言わない気がする。

いつも安心するにおいがして、それが今は無性にくやしくて、壁を向いて目を閉じた。

くそ。

明日になったら、京子ちゃんに謝ろう。転んで落として踏んづけてしまったといったら許してくれるだろうか。幻滅されることは間違いない。

ああ、その前に、こいつにもらい損ねたチョコを請求しないと。悔しいことに料理の腕も一級品なのだから、食べないと損だ。折角だから。食べたいとかじゃないから。

意識を飛ばす直前に背中が暖かくなった。ぐっすり寝れそうだ。