コンビニの中、細い腕にかごをぶら下げながら、綱吉は悩んでいた。

買うべきか。買わざるべきか。

しばし迷ったあげくに、決める。

(やっぱやめよう)

めんどくさいことはあまり好きじゃない。だが決めた途端、もやり、としたものが胸に生まれた。

「あれ、ツナくん?」

「!」

振り向くと、同じクラスの笹川京子が立っていた。入学したときから、ずっと好きな人。

否、好きだった、人だ。

「それ、買うの?おいしそうだね!私も、桃、好きなんだ」

「え、」

言われた途端、反射的に手に取ってしまった。桃のゼリー。

「それ、風邪の時よくお兄ちゃんに買ってきてもらったな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そーなんだ・・・・・・」

胸の内でそっと、溜息をつく。

なけなしの勇気でも、出してみようか。ふと、腹を括る気になってしまった。

 

 

降っていた小雨は、コンビニを出る頃には本格的に降りだしていた。

京子に手を振り、歩き出す。傘を差そうとした時、びゅっ、と突風が吹いた。

「うわっ」

傘を壊さないよう、必死に抵抗しながら、一歩ずつ足を進める。腕の痺れが気になりつつも、意識は言い訳づくりに夢中になっていった。

(なんて、言おうか)

(おなかすいて、コンビニよったんだけど、)

(そーいえば風邪、ひいたって言ってたから)

(具合どうかな、と思って)

言い訳というかなんというか、と言った感じだな。とは思いながらも、少しだけ、期待する自分がいる。

受け取ったときの反応。驚いて、そのあと豪快に笑おうとして、でも喉の痛みで引き攣った笑い声しかでない、とか。

慌てて背をさすると、苦しそうに咳き込んだ後、にかり、と笑うのだ。あの、太陽のような笑顔。

そこまで考えて、自分に嫌気がさした。気持ちが悪い。とっとと済ませてしまおう。

歩みを速める。雨と風は、さらに強くなっていった。

 

 

 

(おなか、すいて、コンビニよったから)

(ついでに)

頭で反芻しながら、エレベーターに乗り込む。心臓の響きは、雨音にだんだんと近付いてゆく。

ちん、と軽快な音がなり、足を踏み出して廊下を見た途端、

「!!」

目の前の階段に走りこみ、隠れた。

(・・・・・・・・・・)

そろり、と廊下を覗き込む。一番奥のドアの前に、女子が三人いた。同じクラスの生徒だ。

「男子たちも心配してたよ?」「『アイツいねーとつまんない』ってぼやいてた」「そうそう、一日中」

クスクスと笑い声は廊下に響いている。綱吉はシャツの胸の辺りをぎゅうと握り締めた。

「じゃあね、お大事に」「早く良くなってね」

涼やかな声たちは笑い声と共に近付いて、慌てて綱吉は階段を駆け上がった。音を立てないよう注意を払う。

声たちはゴウンと鳴った重い音と同時にかき消され、次いで、小さく扉を閉める音が聞こえた。

 

 

何やってんだろう。

 

 

急速に頭が冷えていく。外気の温度にぶるりと身を震わせた。こんなに寒かったのか。気がつかなかった。

そろりと足を動かしてエレベーターの前に立ち、廊下の奥に顔を向けた。

 

自分は、女でもない。

親しく会話をするわけでもない。

ただ、時折話しかけてくれる大らかさに甘えているだけの存在だ。

 

胸いっぱいに息を吸い込み、盛大に吐き出す。

思い切り目を開き、力強く袋を握った。

がさり、と音をたてて主張する袋の中には、甘い桃ゼリーと清涼飲料水ペットボトル。

静かに、且つ早足でドアの前に到着し、音を立てないよう細心の注意を払ってノブに袋をかける。

再びすばやくその場を離れ、エレベーターには目をくれず階段で下りた。あくまで、静かに。

 

 

階段を下りきり、溜息をつく。

苦手な食べ物を無理矢理呑みこんだ時のような気分だ。

(人間、無理するもんじゃないな)

軒下で雨宿りをしていた猫が、ちらりと視線をよこしてきた。迷惑そうだ。綱吉はさらに落ち込んだ。

雨は強くなっていく。当分、動けそうにない。