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(・・・・・・・・・・・・・・あつい・・・)
と思っても、体は鉛のように重い。窓も開けられず、ましてやクーラーなんて母親にぶっ殺されると思い、綱吉は諦めた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あつ、って)
足で布団を押しのける。ちょっとくらいならいいだろ。ぼーっと考えながら、頭に響いている呼吸のおとを静かに聴いていた。
「ツッくーん、起きてる?」
ノックの音と母親の声が聞こえたが、綱吉の脳はさらりと流した。
「お友達来てくれたわよー、さっどーぞ入って!汚い部屋でごめんなさいねえ、お茶持ってくるわね~」
(・・・・・・・・・・・・テンション、たか)
誰か来たらしいのは何となくわかった。でも今の沢田綱吉にとっては「へーふーんそーなのね」で終わらせてしまう感じだ。
何せぼーっとしてふわふわしてぽわぽわするのだ。それでも、体を壁に向けてはいけないとなんとなくに思い、寝返りをうった。
目の前に黒い棒。二本。
なんだこれ。
と思っていたら、やたらと慌てた声が聞こえてきた。
「つっつな、お前なんちゅーカッコしてんだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ な に 」
「うわっ、喉枯れすぎだろ」
張りのある、でも押し殺したような声は近付き、と思ったら腹に布のかかる感触。どうやら捲れていたシャツを直してくれたらしい。
(・・・・・・・・・・あ、どうもありがとう)
心の中で礼を言っている間にも、誰かさんは御丁寧に布団までかけてくれた。
や、だから、あついんだってば。
「だいじょぶ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
起き上がろうとした綱吉は、しかし、僅かに頭を浮かせただけで体が言うことをきかない。
「あっ、寝とけって」
「、」
綱吉は、やわらかく肩を押さえる山本の顔を呆然と見ていた。
再び布団を肩までかけなおし、ついでのように首に手を当ててくる。
ごつりとした感触に、何故だか胸がぎゅうとなり、触れられている其処がこそばゆくなる。
離れようとしたのにほんの少し寂しさを覚え、そしてそんな感情に理不尽さを感じた。
「・・・・・・・・・・なんで」
「あー、これ。今日配られたプリント。ちなみに宿題は二つ」
綱吉は思わず顔を顰める。山本はおかしそうに笑って、ここ置いとくな、と机の上に乗せた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あのさ、こないだ」
「入るわよー」
無遠慮に入ってきた母に、綱吉はなんとなく溜息をつきたくなった。実際はそれすらも億劫で、ただ浅く息を吐いていただけだったが。
山本が呆気に取られている傍で、奈々はせかせかと動いている。
「山本君ウーロン茶好き?今家コレしかなくてね、申し訳ないんだけど粗茶で我慢してねえ。あっあとねえ桃もあるのよー、風邪にはやっぱり桃よねー缶詰なんだけどよかったら山本君もどーぞ、冷えてておいしいわよー!じゃあツナ母さん下行ってるわね、後で氷枕取替えに来るからちゃんと寝てるのよー、何かあったら呼びなさいねそれじゃ失礼しましたうふふふふ」
バタン。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんかすげー母ちゃんだな」
「・・・・・・・・どーも」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、」
「ん」
「一昨日のアレ、やっぱツナだったんだな」
「・・・・・・・・」
「桃ゼリー」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・めっちゃ雨降ってたな」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・俺のせい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちがう」
「・・・・・・・・そっか」
そんで、とモゴモゴしながら呟いた彼は、大き目のスポーツバッグからがさごそとなにやら出している。
「・・・・・・・・・・・・・俺も、これ、持ってきたんだけど・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
何て言ったらいいのか。綱吉には判断しかねた。ただ、好意から来た行動だということはわかったので、ビニール袋に包まれていても綺麗だとわかる美味しそうな散らし寿司を受け取る。
山本は渡す間際になって気付いたみたいで、「普通風邪なのに寿司はねーよなー、はは、ははは」と乾いた笑いをあげながら頭をかいた。
なんだろう、この感じは。
熱から来るだけではない、背中がかゆいような、足をばたつかせたくなるような感じは。
「・・・・・・・・・まあ、アレだ。早く治るといいな」
「ん」
なぜか目を合わそうとしない山本に不安と怪訝さを覚えながらも、綱吉は其れを上回る安堵感に身を委ねた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・、)
眠い。
「、おい」
山本は焦った声で呼びかけた。だが、綱吉は完全に寝てしまったようだ。起きる気配が全くない。
途方に暮れた山本は、何だか目を逸らしたくなった。ぐるり、と辺りを見渡す。
普通の男子高校生らしい、雑然と散らかった部屋だ。ゲームソフトが所々に置いてある。
一昨日、珍しく学校を休んだ。久しぶりに風邪をひいたせいだ。
夕方にいきなり家を訪問され、朦朧とした意識で玄関口に出たのは覚えている。騒ぐ女子達の高い声が妙に体を疲れさせた。
彼女らが帰った後、重い体を引き摺るようにして中へと入った。
その、すぐに後。
今思えば妙な勘が働いたと思うが、外に誰かが居るような気がしたのだ。
ドアノブに掛けられていたビニール袋。
愛想もなく放り込まれていた、ペットボトルと桃ゼリー。
脳裏に浮かんだのは。
「よっこらせ」
どこぞの親父的な口調で床に座った。綱吉は深く眠っている。顔はまだ赤い。
額に浮かんだ汗が頬をつたい、顎へと移った。
(・・・・・・・・・・・・辛そうだな)
何なんだろう。
目の前の綱吉は、こんなに苦しそうなのだ。
それなのに。
ほんの少しだけ、嬉しい、だなんて。
(俺って、最低だな)
山本は、綱吉の額に貼りついた癖のある前髪をそっと払った。
そのままこめかみに親指を滑らせる。
初めてだった。
汗でべたついている他人の肌に、体の芯が疼くなんて。