チッ、チッ、チッ、

 

針は上へと近付いてゆく。綱吉は、無意識に唾を飲み込んだ。ゴクリ。生々しい音が体に響く。

もうすぐ、ヤツが、やって来る。

 

 

 

 

―――ドンドンドンドン!

(――来たっ!)

「おーい、沢田さーん。さ、わ、だー。コラ、居るんだろ」

低くて間延びしたような、それでいて硬質な声が響く。綱吉は顔を青に染め上げながら、押入れの戸を開け中へと突入した。レッツ・ダイヴ!

腰抜け?言ってろ。誰だって我が身第一。ていうか、オレはなんにも悪くない!

「沢田さーん。・・・・・・・・・・・・・・・・クソったれ、」

ガン、ガン、

(ひぃぃ・・・・・・・・)

まさに『勘弁してくれ』な状況だ。暗闇は怖いけど、あの男はもっと怖い。我慢しながら時が経つのを必死に待っていると、急に音が止んだ。

「・・・・・・・・・帰ったのかな?」

ガゴンッ!

「!!!」

やばい。綱吉の脳みそは「やべーぞ逃げろほら立て早く」とサイレンをどんちゃん鳴らしている。けれど主がそれを実行する前に、恐怖の扉がオープンしてしまった。

「沢田さん、困るよ」「・・・・・・・・ぶくぶくぶく」

家主は泡を吹いて気絶。これも、おおよそ四割くらいはありえる光景だった。

 

「おら。起きろ」「ヘブッ!」

衝撃後の覚醒で見えたのは、視界一杯に広がる深い蒼色。見とれていると、頬を思い切り掴まれた。

「ひょ、なひふるんへふは」

「わかんねーよ」

男は手を突き出した。綱吉は眉間に皺をつくる。今月の分はまだ用意出来ていなかった。

「・・・・・あはっへには、はなはふ」「あア゛ン?」「ほへーほ!」

わかんねーよ、と再び呟いて、男はようやく手を放す。お前のせいじゃねーかと綱吉は思ったが怖くて口には出せなかった。

「もう少し、待っていただけませんか。あとちょっとで用意出来るんで」

「お前な。『はいそーですか』なんて言う訳ねえだろうが。そんなんで上手くいく世の中なら、マッポと俺らはいらねえんだぞ」

マッポて!笑いたくなったがここで笑ってしまえば『死』がお花畑とお出迎えしてくださる破目になるので、綱吉は頑張って堪えた。

「余裕じゃねーか、コラ」

男は目を細めた。マズイ。マズイぞ。短期間ではあるが、これまでの経験から、綱吉は知っていた。

この男は非常に几帳面というか真面目で――『仕事』を忠実にこなすことに情熱を注いでいる。

「だ、大体!オレまだ学生なんですよっ!あんな額なんて、簡単に作れるわけねーだろォォ!」

「文句なら借金残してトンズラした親父さんに言うんだな。気の毒だが、まあ所詮他人事だし」

「親父ィィィ!!!」

綱吉は両手を突き出し、窓越しに叫んだ。夕陽が切なく燃えている。

「まあ、」

ポン、と肩を叩かれる。金髪の男は慈しむかのような目で、微かに笑った。

「がんばれ。少年」

「ふざけんなアァァァ!あとオレもう成人してるから!あっ痛い痛いちょっ肩砕けるから」

以前一度連れて行かれた事務所だけには連行されるわけにはいかない。

あそこの社長サンとはもう二度と顔をあわせない、と心に誓ったのだ。

人を小馬鹿にした笑顔を思い出しながら綱吉は肩の痛みと、目の前の男の恐ろしい形相が与える恐怖と格闘していた。