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そいつは時々、ひょっこりと顔を出す。


例えば俺の一言に沸く友人たちの大袈裟なリアクションを目にした時だとか。

俺の一挙一動に一々反応し一喜一憂する女子たちの黄色い声を耳にした時だとか。

そいつはこっそりと囁く、誰にも聞こえないように。頭に響くだけで背筋に冷たさが走るような色を持って。



俺はその声を聞きながら、ニヤリと笑ってしまうのだ。



















あれは、いつだっけ?ああ、こないだのね、アレだ。学祭の打ち上げん時だ。


達成感の中に混じえた好機への舌なめずり、逃してなるものかと目を光らせる男たちと女たち。
取り囲む甲高い不協和音にうんざりしながら、山本武はシンユーをちらちらと視界に入れていた。
もうダメツナなんて呼ばれることが少なくなった沢田綱吉17歳。現在、数人の男に囲まれながら何やらモソモソ話中。
ウヒヒと笑いあうその姿に、もう一人の自分がひょっこりと顔を出しそうな気配を感じた。

おっと、やべえ。


「あれえー、武ィどこいくのー」
右隣を陣取っていた女が声をかけてきた。アルコールのせいでほのかに赤くなった頬がちょっと道化のようだと失礼なことを考える。
「あーちょっとなー」
適当にかわしながらさっさとその場を後にする。くっついて来られたらたまったもんじゃない。
背中に感じた視線の中に、あいつの気配を感じた。神経にささくれのようなものが出来た、気がした。





夜風が気持ちいい。喧騒を遠くに聞きながら、ぼんやりと空を見上げる。
「いちばんぼーし、みーつけた」

小声でそっと囁いてみる。何をぶってんだ、俺。口の端を上げてみる。誰も見ていないのにポーズを取る滑稽さに、思わず笑ってしまった。

「どーしたの?」「うわ、」

びびった。無防備なところにいきなりコレだ!心の準備ってもんがあんだよ。
琥珀の瞳は揺れる感情を汲んでくれない。ただ、真っ直ぐで純粋な目をこちらに向けてくるだけだ。
「てーかさ、公園で飲みってどーなの。風邪ひきそー」「はは、だよなあ」
山本の、妙にざわつく心臓に頓着する事無く、綱吉が隣に座る。またひとつ、神経にささくれが出来た。


最近の俺は、おかしい。


山本は感じていた。まさかそんなことがあるわけが無い、と笑い飛ばそうとしても、それは引き攣った笑みになってしまう。
「ねえ、山本すごかったねえ!」
「そーか?」
「スーツ、超かっこいかった・・・」
ホストの真似事なんて、昨今どこでもやってるらしかった。
まあどうでもよかったのだ。どんな格好しようが、周りは俺を置いて勝手に騒ぎまくるのだから。
平凡な男子の耳に入ったら刺されそうなことをぼんやりと考えながら、山本は少しだけ、体が熱くなるのを感じた。

かっこいい、つった。ツナが。言った。かっこいいって。


「俺なんてさあーずっと雑用ばっかしてたしさあ」
まあ、京子ちゃんと一緒に出来たのは嬉しかったけど!

途端、相好を崩す友人。一転し、思わず舌打ちしそうになった。
高校になっても相変わらず人気者の彼女は、現在同じクラスだった。それが良かっただとか悪かっただとかはどーでもいいことだけど。
と思った次の瞬間、山本は隣から視線らしきものが飛んでくるのを感じた。
見たら負けだ。と咄嗟に思った。見えない何者かは手強いが、耐えるのには其れなりに自信が有る。
「ねー」
一身腐乱に前だけを見ていた、いや、睨んでいた山本には頓着する事無く、綱吉はずいと近付いた。

「山本ってさあ」

息が少しだけ、耳に掛かった。こいつ、絶対酔ってる。

「近いって」
押しのけても、子憎たらしい酔っ払いはその腕を掴んで引き寄せた。腹の中に溜まっている黒いものは、もう渦潮のようにぐるんぐるんと激しい音を立てている。腕。耳。、手や吐息に触れられたところが、かっと熱くなってゆく。
俺はこんなことで身動き一つ取れなくなるのか。
なんて、間抜けで惨めで、切ないのだろうか。

綱吉は掴んだ腕を己の顔に近づける。山本の大きくて骨ばった手が、僅かに赤い頬をかすった。

「あは、やっぱり」
「―――――、」
「山本って体温ひくいね」

きもちいー、という声が遠く聞こえた。


「あっ、」
勢い良く振り払った手を、名残惜しそうに琥珀の瞳が追いかける。
「なんだよーやまもとのケチケチケチケチ」




くそ。






「あっ、流れ星ー」

だらりとした会話は心地よく、闇に浮かぶ白いものは相反してざわつかせる。
周りの黒に映えるその色は、暗がりでも目に焼きつくほど眩しく思える。
と考えたところで、山本は我に返った。
またこれだ。
いい加減、認めちまえ。頭から角を、尻から尻尾を生やした何者かが囁いた。



見た?見た?とはしゃぐ綱吉をチラリと一瞥し、山本はよっこらせと立ち上がり、尻をパシパシはたく。濡れた草が飛び散り、綱吉の頭にちょっとだけ掛かった。掃いながら半目で睨む少年の目もとは、ほんのりと染まっている。
「山本・・・、オッサンくさい」「ダハハ、ほっとけー」
全身で脱力を表現しながら、もはや、声色もヤケッパチだ。
山本は夜空を仰ぎ見た。

わかったよ。あーあ、俺、結構まともだと思ってたんだけどな。そーでもないのな。はあ。


溜息と共に一度受け入れてしまえば、何か清清しいものが体を通っていった気がした。あんなに増えていった心のささくれは、見る影もなくなった。そうだ、腹を決めろ。先への恐怖とかモラルとか倫理とか。裏切りとか。
ひっくるめて。全部。受け入れろ。覚悟を決めろ。
男だろ、ヤマモトタケシ。

さあ、これからだ。
この愛おしい、可哀想なやつを、どうやって丸め込むか。お前が傷ついても、俺は見ぬ振りをするから。出来た傷はゆっくりと舐め取って、痛みを麻痺させてしまえば問題ねーんじゃねえかなあ。


山本はニヤリと笑った。それは某家庭教師に非常に似通った笑みだったが、幸いにその生徒は目にすることなく、夜空に浮かんだ光を呑気に眺めている。


指先は、今頃熱を持ってきていた。