モルディブの日差しは強い。

熱帯地域に位置するこの島々の空気は高温多湿であり、男にとっては決して心地よいとは言えなかった。

海岸で子供が数人戯れている。恐らく現地の餓鬼だろう。水平線へと視線を向けた。

イタリアから抜けるのは苦労したが、ここまで逃げることが出来た。追手もしばらくは来ないだろう、そう踏んでいる 。

男はポケットからマルボロを取り出し、一本口に加えた。待ち人はタバコが嫌いだと聞いていたが、待たせる向こうが悪い、と思った。

先端に火をつける。しばらくぼうっと何も考えずにいたが、次第に笑いが込み上げてきた。

アタッシュケースの中に入っている物、これだけで組織に入る利益を考えると、笑いが出るのも当然だ。

警察の目を掻い潜るのに苦労したが、それだけの価値はある、と思った。

急に、目の前を何かが横切る。反射的に掴んだ。

「痛い痛い痛い!ギブ!」

己が掴んだものを確認し、目でその先を辿る。

 

 

それは、一人の少年だった。

現地の住民にしては、やけに白い肌が目立つ。

髪は色素が薄く、光に晒されて僅かに黄金色に輝いて見えた。

瞳は髪の色よりも僅かに濃い琥珀色だった。

あどけない丸い頬は僅かに紅みを帯び、少年特有の愛らしさを醸し出している。

唇は少年らしく薄いが、健康そうな桃色が扇情的だ。

どことなく中性的な、平凡そうに見えて目に留まるような、不思議な少年だった。

 

「これ、これ」

目に涙を浮かべながら少年は手に持っていたものを振る。灰皿だった。

「灰、落ちそうだって!」

男は一瞬たじろいたが、「ああ」と言って手を放した。

少年は「あー痛てー」と言いながら、掴まれた腕を擦っていた。

 

男の脳裏にふと、アイデアが浮かぶ。

ここのところ、人身売買には手を付けていないが、確か得意先の富豪に少年趣味の人間が居たように思う。

目の前にいる少年なら、下手すれば相場の二倍で引き取ってもらえるかもしれない。

灰皿を出してきたからホテルの関係者かと思ったが、制服を着ていない。

現地人では無いだろうし、土地慣れしている様子も無い。公用語ではなく英語をたどたどしく話している。

 

男はにんまりと笑った。

声色を変え、「なあ、坊や」と声をかける。

少年が、動きを止め、目を丸く開きながら、男を見詰めた。

警戒されたのだろうか。男は少し焦りながらも、笑顔を取り繕った。

「坊や、ここへは何の目的で?旅行か?それとも、出稼ぎか?君に合いそうな、良い仕事があるんだ。運が良いな。

もっと大きな金、手に入れたいとは思わないか?そんなヨレたシャツや擦り切れたジーンズなんて着なくてすむようになるぞ」

男は饒舌になっていた。目の前の少年が、ぴくりとも動かずに男をただ見ているだけだったからだ。

しばらくの間、二人とも沈黙を守っていた。が、痺れを切らしたのは男の方だった。

「おい、わかってるか?英語は話せるんだろ、何とか言え」

そう言って少年の腕を掴もうとする。 が、それは素早い動きによってかわされた。

熱くなった男は少年を捕まえようとするが、その度にひらりひらりとかわされる。

「このっ!」

逆上した男は、手を振り上げた。が。

「ケース、離れてるけどいいの?」

目の前の少年の一言に、思わず動きを止めた。

「なぜそれを・・・・」

「さあ。大事なものかな、と思って」

肩をすくめた少年を、男は見た。

少年の瞳は先ほどと変わらない、琥珀色だ。

ただ、その中に宿った光は、先ほどとは違う、鋭さを含んだものだった。

男は息を呑んだ。そして、ジャケットの内側からいきなり拳銃を突きつけてきた。

周りにいる人間が、次第に悲鳴を上げながら遠のいていく。

ロビーにいるのは、男と少年、僅かな従業員のみだ。

視界の端で、従業員が電話の受話器に手を掛けるのを捕らえた男は、もはや平常心を失った顔で少年に向き合った。

「命が惜しけりゃ来い!テメエのせいで大事になっちまった」

「いや、どう考えてもお前のせいだよ」

少年が呟いた台詞は、生憎目の前の男にはわからない東洋の島国の言葉だった。

男が再び少年の方に腕を伸ばしてきた。

だが、少年はその腕を掴み、自分の方に引っ張り込んだ。

そのまま腕を回し、男の背後に回り込む。次いで肩を押した。足払いのオプションも忘れない。

男の体は床に倒れこんだ。

「!」

「言っとくけどな」

少年は苦々しげに吐き捨てる。男の母国語、イタリア語だった。

「『坊や』って言うな、二十歳超えてんだ」

 

 

 

 

「おーい」

ロビーの奥に見えた、こちらに手を振っている呑気な姿に、リボーンは頭を抱えそうになった。

だが、それは出来ない。こちらももう一人の売人を連れている。

近付いて初めに掛けた言葉は、文句だった。

「お前なあ、いい加減一人で突っ走るのやめろ。目立つだろ」

「あ、ごめん」

全然「ごめん」とは思っていない顔で、綱吉は謝った。

リボーンは溜息をつく。綱吉と一緒に行動するようになって、リボーンの溜息の数はだんだんと増えつつあった。

「空港に着いた途端、脇目も降らずに現場に向かう姿勢は感心するけどな、もう少し行動を慎め」

「だって早く終わらせて海に行きたかったんだよ!さっき友達も出来たし」

「・・・・・・・誰だ」

「な、何で怖い顔してんの!向こうにいる子供たちだよ、砂浜でお城つくる約束したんだよ」

「ちょっと待て・・・・」

下方から声が聞こえ、二人は下を見た。

先ほど綱吉が捕まえた男が、ぐるぐる巻きにされた姿で抗議の声をあげていた。

ちなみに、傍に立っているホテルの従業員数人の協力の下、綱吉が頑張って縛り上げた。

「この国に、今日着いた、ってことか・・・?」

「うん、そうだけど」

「・・・・・・嘘をつけ」

「何で?」

「何で、って・・・・・・ここはリゾート島だけでも八十は越えるはずだ、それに・・・一つの島にホテルがいくつあるのかも検討が付かない、

一発で俺の居場所がわかるはずもない」

 

有り得ない。なぜだ。

 

寝っ転がりながら呆然と呟く男に向かって、一見少年に見える男――沢田綱吉は、きっぱりと

答えた。

「勘」

 

ホテルの従業員達が、ぽかんと口を開けて綱吉を見た。

リボーンが横を向いたが、それは明らかに噴出すのを我慢している顔だった。

綱吉はげんなりした。