組織のボスの顔は意外にも、「いかにもオレがボスだぜ!」と主張している顔ではなく、銀行の専務のような真面目顔だった。
その顔のせいで、本人は今まで結構上手く逃げることが出来たようだった。
まあ、今回はあまり通用しなかったけど。
一見普通のIT系企業のビルが、実はマフィアの巣窟だなんてことは昨今よくある話、だそうだ。
そのビルに入って即座にメインコンピュータがある部屋に侵入し、全てのデータを消したはいいものの、肝心のボスが見当たらない。
「後は、ボスの部屋にある資料とボス自身が持っているデータチップ、か」
金庫はリボーンがちょちょいと開け、出番が無い綱吉は少しぶすっとしていた。
「これから、だぞ」
リボーンがニヤリと笑った通り、どれだけ探してもボスが見当たらない。
何となくこっちらへんだろうか、と適当に綱吉が歩いて行った先は、会社の警備室だった。
「え、何でこんなとこに」
「んー、多分だけど・・・・・」
「多分かよ!」
男の突っ込みを無視して綱吉はがちゃらんとドアを開ける。
真面目そうな制服姿のおっちゃんが一人、コーヒーを飲んでいた。
「アンタら、何なんだ?見ない顔だけど・・・・」
綱吉は無視して銃を突きつけた。
「あのー、手を上げてもらえますか」
「ヒィィ!」
リアクションも普通だなあと綱吉は思いながら銃を構えた。
「こんなとこまで逃げやがって、迷惑かけてんじゃねーよ」
リボーンが忌々しげに舌打ちし、男は「スイマセェン!」と涙を流す。
一人、状況についていけない男が、途方にくれた顔で尋ねる。
「え、この普通顔のおっさんが」
「そー、ボスみたい」
「普通顔って言うなぁ!」
こんな状況下で涙ながらに抗議するところを見ると、相当のコンプレックスらしい。
「データを下さい、右胸ポケットに入っている」
「・・・・・・・・・」
リボーンの手に渡ったそれは、あっと言う間に破壊された。
「ああ、何てことだ・・・・・それさえあれば、莫大な金が流れてくるはずだったのに・・・・・」
「ねぇ、おじさん」
その場にそぐわないのんびりした声で、綱吉が話しかける。
「おじさん、マフィアのボス、辞めたら?下の世代にでも譲って」
「な」
「多分、おじさんに一番合ってるのは、うーんそうだなあ」
不器用なウインクをしながら、綱吉は微笑んだ。
「農家でのんびり、菜園作りなんてのがいいかもね」
ビルを出るとき、リボーンが綱吉に尋ねた。
「なあ」
「ん?」
「何であんなこと言ったんだ」
「何が?」
「あの男に」
「あー、ボス辞めたら、って話か」
綱吉は肩をすくめた。
「もーすぐあの組織、内部抗争で潰れるみたいだし」
「・・・・・・」
「あのおっちゃんの顔、実は親戚のおじさんの顔に似てんだよね」
だからかな、と呟いた顔は、どこか寂しげだった。
「・・・・・・帰りたいか」
「へ?」
「ジャッポーネに」
「・・・・・何で?」
綱吉は嫌な顔をした。
「・・・・・オレ、いらない、ってこと?」
「違う、そうじゃない」
何となく、そう思っただけだ。
リボーンの呟きは闇に消えた。
「オレは、一生リボーンの傍に居る、って決めたんだ」
綱吉の瞳に宿る、強い光に、リボーンは目を奪われた。
「そうか」
リボーンが綱吉の前に立つ。
そのまま、顔を近づけて―――
綱吉が後ろに下がった。
「「・・・・・・・・」」
リボーンの眉間に皺が出来、綱吉はよくわからない顔でリボーンを見ている。
もう一度、リボーンが顔を近づけた。
綱吉が下がった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・おい」
リボーンの地を這うような低い声に、綱吉はきょとんとした。
「え、何?てか、近いんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・お前、本気で言ってんのか」
「何が?」
この流れでそれは無いだろ、とか、雰囲気を読め、とか、この天然男、とか、己に対しての情けない思い、とか。
全て押し込めてリボーンは黙った。
「お二人さん」
傍から男の声が掛かる。
「俺のことも忘れずに・・・・・」
どこか笑いを含んだ声は、明らかにリボーンに向けられていた。
「今回は、本当に世話になりました!ありがとうございます」
「いえ、オレ達の方こそ!本当にありがとね、獄寺君」
「・・・・・・・・・」
ケネディ国際空港にて、CIAの諜報部員――獄寺隼人は、二人の見送りに来ていた。
「薬の件は、本当に申し訳なかったと思っています」
「いや、アレは不可抗力だし!全然覚えてないし、結果的には解決したし」
「何てお優しい・・・・・!」
事件後、綱吉の能力、脳裏に浮かぶ艶やかな媚態、そして何も考えていないのんびりした態度に「何て大らかな心の持ち主なんだ・・・・・!」
と惚れ込んだ獄寺は、「遠く離れてもずっとお慕い申し上げております!」とダイナミックな愛の宣言をし、リボーンにげしげし蹴られていた。
「また、連絡して下さいネ!」
「黙れ変態男」
「ちょ、リボーン!失礼なこと言うなよ!・・・・ありがとね、必ず連絡するよ。連絡先も交換したことだし」
「・・・・・!!獄寺隼人、感激です!!」
獄寺は比喩ではなしに号泣し、綱吉の両手をがっしりとホールドしながら、ぶんぶか振り回した。
「いい加減離せ」
リボーンが繋がっている両手にズビシと手刀をかまし、やっと手が離れる。
「痛ったー!何だよお前・・・・・!」
綱吉が大げさに痛がって手を振った。
リボーンと獄寺の視線が交差する。
一瞬の妙な間の後、リボーンは体を翻した。
「じゃあな」
「おい、待てって!獄寺君、またねー!」
「はい、お気をつけて!また!」
二人の背中を獄寺はいつまでも見詰めていた。
周りの女性が、その切なげな顔にほう、と見惚れる。
獄寺は徐に携帯を取り出し、真顔のまま呟いた。
「・・・・・・・・・やっぱ先にメール送っちゃお♪」
搭乗口に向かいながら、綱吉は浮かれていた。
「あー、幸せだな!あの子達、元気かなあ」
「お前のこと忘れてるかもな」
「ま、まじで!」
ショックを受けた綱吉の顔に、リボーンはニヤリと笑った。
「そういうお前は、向こうに着いたら何すんの?一緒に遊ぶ?」
「んなガキくせーことするか。優雅に日光浴でも楽しむさ」
「えーつまんないなあ・・・・・」
てか、二十七にもなって砂遊びする方が間違ってるのかなあ、と綱吉はぶつくさ呟いた。
「てーか、お前今何歳?」
「十八」
綱吉は鞄を落っことした。
「おい、行くぞ」
明らかに笑いを堪えているリボーンが、そのまま歩みを止めることはなくても、綱吉はただ呆然とその場に立ち竦んでいた。
(年下かよ!)
しかも、かなり下だ。
全然、思いも閃きもしなかった。
うわ、何だ、この何か負けたような感じ!
頭の中で、ピンクの象がニヤリと笑った気がした。
頭を一振りして、綱吉は相棒を追っかけた。