『現在、消防団員が中央区にて炎上した旅客機の消化活動に当たっており、その後生存者の確認を急ぐ予定です。 一方、千代田区日比谷公園での突然の大爆発の原因も究明中であり、ほぼ同時刻に起こった二つの大事故に関して、関連性があるのかが問われています――――』 家光はスクリーンの電源を切った。 幾人かの部下の視線を感じたが、無視してデスクに視線を落とした。 国の首都圏で起こった、いずれも大規模な惨事。偶発的とは考えにくい。 (恐らく、これはテロだろう) 事実からの推理と彼の勘がそう告げていた。 問題は相手だ。 世情から言うと中東アジア辺りの組織かもしれないが、もしかしたら最近国家間で険悪な間柄になっている北の社会主義国の可能性も高い。 上からの連絡はまだか。 思った瞬間、腹心の部下が隣のデスクから声をかけてきた。 「空将、防衛大臣からお電話です」 「・・・わかった」 幕僚長であるバジルは、不安げな表情をしている。家光はニカッと笑ってみせた。 「大丈夫だ、心配すんな」 自分のデスクの上の受話器をとる。 「沢田です」 『至急、霞ヶ関まで来てくれ』 「わかりました」 予感は的中した。 市谷ではなく本家の方とは、おそらく総理、もしくは官房長官を長とする緊急会議が開かれるのだろう。 家光は受話器を握り締めながら、窓越しに空を見上げた。 まさに『暗雲に包まれた』日本、だ。 (・・・・、) ぼんやりと、覚醒する。 意識がやけに重く感じた。 体が疲れている。 (なんで、こんなに重いんだろう) 自分は、何を考えていただろうか。 「―――――――――!」 バシッ、と音を立てる勢いで、綱吉は目を開けた。 そうだ、東京。 いかなきゃ。人が。 大変なことに。 体を起こそうとして、自分の口から呻き声が漏れた。 そういえば。 獄寺に一発喰らっていた。 結構な重さのパンチだった、と顔を顰めたところで、ここは何処だろうと思った。 体を横たえたまま、向きを変えてみる。 見覚えの無い、シンプルな家具が置かれている。 ただ、その部屋自体に何となく、見覚えがあった。 「・・・・・・あれ、ここって」 「起きたんですか」 「!」 聞き覚えのある声に、思わず反応した。 部屋の入り口に寄りかかるようにして立っていたのは、目つきの悪い男。 「ごくでらくん」 戸惑った。どうして、彼がここに。 獄寺は綱吉に歩み寄り、ミネラルウォーターのボトルを差し出してきた。 「どうぞ」 「・・・・・・ありがとう」 綱吉はゆっくりと上体を起こした。 蓋を開け、飲み下す。 思ったより喉が渇いていたらしく、丸々一本、呑みきった。 獄寺は腕を組みながら、それを眺めていた。 口から零れ落ち、喉まで伝わった水を拭っていると、獄寺がポツリと呟いた。 「すいませんでした」 「へ」 「思い切り、拳を入れてしまって」 「ああ・・・・・」 獄寺は止めようと思っただけだ。別にそれは悪いことではない。 「別に、気にしてない、です」 「そうですか」 綱吉はなぜか敬語を使ってフォローを入れたが、それでも獄寺は、ただ無表情で言葉を紡いだ。 何となく予感していたことを尋ねる。 「・・・あの、ここって、まさか」 「俺の部屋です」 「あ、ですよね」 部屋模様に見覚えがあるのは当たり前だ、同じマンションに住んでいるのだから。 「ありがとう、オレそろそろ行くね」 綱吉は起き上がろうとして、それを阻むように目の前に立ちふさがった獄寺を驚いた表情で見上げた。 獄寺は変わらずの無表情で、静かに綱吉を見下ろしていた。 「一佐から、命令が下りまして」 「なに」 若干声色が硬い響きになる。綱吉は嫌な予感を助長させながら、僅かに獄寺を睨みつけた。 「一週間ほど、自宅謹慎だそうです」 「は」 綱吉は、獄寺の言葉が信じられなかった。 全く意味が理解できない。 「そうでもしないと東京に行こうとするだろう、だそうです」 「当たり前だろ!てか、それじゃ本来の任務も出来ないじゃん!それだったら別に」 「一尉」 綱吉は黙った。 獄寺は立っていた。綱吉には彼が、僅かな侮蔑を抑えているように見えた。 「ドラマかアニメのヒーローみたいですね」 「違う!オレは」 「俺には偽善にしか見えない、そういうオーバーなリアクションはやめた方がいいと思いますよ」 綱吉はカッとなって叫んだ。 「ふざけんな!大量の命が一瞬で消えたんだぞ!偽善とか言ってる場合じゃないだろ!」 「先ほど一佐も仰っていましたが、人間にはそれぞれ為すべきことがあります。俺達の使命は空にある。その正義感は素晴らしいと思いますが、考えなしに振りかざすことは愚かだと思います」 綱吉は怒りで目の前が真っ白になった。 脇腹が一瞬、燃えるように熱く感じた。 「それに、レンジャーの邪魔になると思いますが」 綱吉は、煮えくり返る思いの一方で、理性が段々と戻りつつあった。 淡々と述べる目の前の男は、彼にとっての、そして客観的事実を述べているだけだ。 確かに、今行ったところで、自分に出来ることは何もないだろう。 無力だ、と思った。 綱吉はベッドから起き上がった。 「どこに行かれるんですか」 「基地に戻るよ。東京には行かない旨を伝えて、一佐に謹慎令を下げるよう頼んでくる」 なるべく自分を落ち着けながら、綱吉は言った。獄寺は不審気な顔をしていたが、暫く視線を合わせていると、ふいと顔を逸らした。 綱吉は獄寺の脇を擦り抜けて部屋を出た。一刻も早く、ここから離れたかった。 そのままダイニングを突っ切り、玄関へ向かう。 丁寧に揃えられていた靴に乱暴に足を突っ込み、玄関の扉を開けたところで、後ろから声が聞こえた。 「一尉」 振り返った。 獄寺が、部屋の鍵と財布を差し出していた。 「忘れ物です」 「・・・・・・・・・・・・どーも」 獄寺は僅かに目を見開いたが、その後すぐにブスッとした顔に戻る。 「ありがとう」 そんな獄寺には構わず、呟いて綱吉は扉を閉めた。 獄寺は、無機質に鈍く光る黒い扉を見つめていた。 コロネロは、窓から見える煙と、下方に蟻のように群がる人だかりを眺めていた。 あと三十分ほどで、テロ対策本部が開かれる予定だ。 事態が深刻になってから対策を立てるなんて、お粗末にも程があると思いながらも、パソコンに向かって様々な情報を必死になってかき集めていた。 デスクの上に無造作に投げてあった携帯電話が、ぶるぶると震えだす。 ディスプレイ上に出てきた名前を見て、コロネロは目を細めた。 通話ボタンを押す。 『よー』 「間抜け声」 『ウルセエな…』 相手の声に覇気が無い。コロネロは直感で、今回の事件についてだと悟った。 『そっちで、何かわかったことある?』 「まだだ。今頃、上層部が本家で会議してるだろうよ」 『そっか。対策本部とか出来たんだろうね、よーやくの出番だねえ』 「余計なお世話、ってやつだ」 『ごめん』 「お前今何処だ?茨城か?」 『うん、そっちに行こうとしたら上司と同僚に止められた』 「だろうな」 『こういうとき、向こうでレンジャーやっときゃよかったって思うよ』 「そりゃ無理だ。お前は空で死ぬ生き物だからな」 『生き物、ってお前…』 「何かわかったら連絡してやるぜコラ」 『リョーカイ。ありがと』 ブチ、と切った。 傍にいた部下が声をかける。 「どなたからですか?」 「あァ?」 凄むと相手はヒッと後退さった。 冗談だと笑いながら、コロネロは言った。 「戦友だ」 綱吉は、携帯をポケットに入れた。 じわりと目頭が熱くなり、慌てて親指で擦る。 脇腹が、ジクリと痛みで疼いた。 体が疲労に侵食されている。 だが、思考は止まる事無く動き続けていた。 日比谷公園はその規模がおおよそ把握できる。 だが、中央区に落ちた大型旅客機、それは一体どれくらいの被害なのだろうか。 先ほど、テレビで見たときは、まるで住宅地の中に胴体着陸をするかのように突っ込んでいた。 死傷者は、どのくらいなのだろうか。 思わず、顔を歪めた。 アメリカでのことを、思い出していた。 自分が自己満足の正義感を振りかざし、戦闘機を乗り回して敵を追い払っていたとき、自分を育ててくれた祖父は死んだ。 テレビ画面で、二棟のビルが崩れ落ちるのを見た瞬間から、その後の記憶はあまり無い。 ただ、気がついたらビルの近くにいた。 怒号と喧騒、泣き叫ぶ悲痛な声が飛び交う中、脳裏に浮かんでいたのは、祖父の笑顔だ。 そこまで考えて、再び脇腹が疼いた。 自分に、人の幸せだとか、人を救うとか、そんなことを語る資格はない。 戦闘機に乗り、たくさんの人を殺した自分が。 綱吉は、静かに、泣いた。 |