「じゃあ次のページを、」

一斉に紙を捲る音が散らばる。オレは教室全体を見渡すふりをしながら、後ろの席に意識を集中させる。

 

「雲雀くん、読んで」

 

 

室内の空気が一瞬にして冷え固まる。生徒たちは顔を青色に染めながらも、オレと彼の顔を、恐怖と興味の入り混じった表情で見ている。

彼はゆっくりと顔をこちらに向けた。

オレは体を僅かに震わせたが、努めて平静さを装い、真正面から彼を見据える。

 

 

ガタン、と席を立った彼を、皆が驚きの表情で見た。肩の力が抜けていくのがわかる。やれば出来るんだ、オレ。

だが、彼は教科書も持たず、いきなり机を蹴っ飛ばした。前の席の生徒が悲鳴をあげたが、全く気にする様子もなく。

 

視線で人を殺せるなら、オレは今、確実に死んだ。

 

雲雀恭弥はそのまま教室を出て行った。取り残された冷え切った体のオレは、呆然としながらも何とか声を振り絞った。

「・・・・・・・・・あー。じゃあ、木村。読んで」

 

 

 

 

「沢田先生」

振り返ると、にこやかに笑っている人物。

「、教頭先生」

「授業中、雲雀恭弥を指したそうですね」

「・・・・・・なぜ御存知なんでしょうか」

「すでに噂になってますよ」

早過ぎないか。

「はあ・・・・・・」

教頭はそのまま横に並び、なぜかついてくる。オレはこの人が苦手だ。容姿端麗でソツのない性格と評判の男は、男女問わず生徒や先生方の憧れの的な存在である。

けれど、オレはどうも好きになれない。時折見せる、瞳の翳りや人形のように上がる口の端が引っ掛かって。

「難しいですねえ・・・・・。もっと普通にしてほしいんですけど。彼も。皆も」

「あの問題児じゃあ時間かかるでしょう。そういえば、沢田先生。先週、笹川先生と食事、行ったんですね」

「ぶっ」

思わず吹き出したオレを、教頭は楽しげに見ている。クソッタレ、その妙なモミアゲを引っこ抜いてやりたい・・・!

「どうでした?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・いや、まあ」

「可愛いですよね、彼女。ああいう女性も好きだな」

「――――ッ」

「はは、大丈夫ですよ。そんな驚かなくたって、取って喰いやしませんから」

いきなり不穏当な台詞を吐いたイタリア人は、一緒に居るだけで本当に居心地が悪い。

舌打ちを抑えながら、オレは靴の先を見ていた。胃が重い。

脳裏に浮かぶのは、柔らかい憧れの女性の笑顔ではなくて。

 

怜悧で、僅かな戸惑いを含んだあの瞳だった。