爽やかな野球部のエースがステキだ、隣のクラスのあの人の鋭い目ががたまらない、そういう女子高生みたいな会話が当たり前のように飛び交う教室の中で、綱吉は頬杖をつきながら、今度の土曜日のことについてぼんやりと思っていた。
雲雀恭弥の家は町内の離れにある森の傍らしく、とても静かで過ごしやすいと言われた。
気に入ってくれればいい、と呟きを漏らしたのが嬉しくて、まだ見ぬ家を既に好きになってしまった自分はちょっと頭がおかしいのかもしれない。
(ていうか、お土産、)
『あの』雲雀の家に持っていく手土産。相応のものなんて思いつくわけも無い。
雲雀さんは何が好きだっけ。前ファミレスに行ったとき、ハンバーグを嬉しそうに頬張る姿にはものすごい衝撃を受けた。
甘いもの…どうだろう。プリンとか案外いけるかも。
取り留めの無い思考を遮ったのは、ぴんぽんぱんぽーんと流れる陽気なメロディだった。
『2−A、沢田綱吉。至急応接室まで来るように。繰り返します、』
くぐもった先生の声が若干諦めの色を含んでいる。教室中の生徒が一斉に綱吉の方を見た。同情と揶揄、羨望、いろんな色が伺える。けれどもうそれも慣れきったものだ。
隣のクラスから聞き慣れた怒号が聞こえてきたので、綱吉は立ち上がった。
いくら獄寺でも、自分が教室に居なければ、さすがに応接室にまでは押しかけないだろう。
ドアを開けると、「待ってたよ」と柔らかい声が出迎えてくれた。
「雲雀さん、…校内放送はもう止めといた方がいいと思います。明日には携帯電話持てるんですオレ。今度からはそれで」
「何で?公認の仲なんだし、構いやしないと思うけど」
「…目立つのが、苦手で。それにほら、会う時は、…その、ないしょの方がいいです」
雲雀は口元に運んだカップを止めて、目を丸くした。
しばらくして、「…それもそうかもね」とボソリと呟いたのにホッとして、綱吉は雲雀の隣に座った。少しだけ、距離を置いて。
雲雀の目元がほんのりと赤いことには気づいていない。
ソーサーにカップを戻したのを見計らって、綱吉は口を開いた。
「ところで、用件は」
「ああ、土曜のことなんだけど」
「はあ」
「泊まれるんだろうね」
「………は」
「両親には既に了解を得ているよ。喜んでくれてね、ぜひにと」
(―――まじでか!)
綱吉の心臓が、音を立てて脈打ち始めた。普通にお邪魔して、そりゃあ運がよければ夕飯にも御相伴出来るだろうかとか、それなりには期待していたけれども、まさかいきなり。いきなり過ぎる。そこはまだステップワンどころじゃないのだ、幼い自分にとっては!
「あ、あの」
「大丈夫、二人とも夜には家を出るそうだから」
「何のフォロー!?」
何にも大丈夫じゃない。
あまりといえばあまりにも急な展開に全くついていけなくて、綱吉は顔を真っ赤にしながら頭を抱えた。
雲雀はそんな綱吉を嬉しそうに眺め、足を組み替えた。
信じられないことに、告白は綱吉の方からだったのだ。
最初に視線を交わしたときから、あの真っ黒な目に囚われたような感覚は忘れることなど出来ない。
鋭い目つき。暗闇の中でも失われることのない眼光。端整な顔。リボーンに次ぐ魔王のようだと震えたのは数知れずだ。
主にリボーンのちょっかいのせいで関わるようになってから、少しだけ会話を交わすようになった。
とは言っても、最初は「赤ん坊は一緒じゃないの」とかリボーンのことばかり尋ねられて、綱吉のことはオマケにも見られていなかったように思う。
それがいつの間にか「今日は群れてないのか」だとか「ドジだね」とか言われるようになって、雲雀が自分を見ていたことに気づいた。
「ドジだね」、と言われた日、綱吉は体育で怪我をした。いや、サッカーボールを顔面キャッチしただけのことなんだけど。
見られてたのか、と分かったとき、言い表せない恥ずかしさが綱吉を支配して、これからはもっと体育を頑張ろうと密かに誓ったのだ。
妙な高揚感と共に。
雲雀と目が合う回数は増えていった。
己を真っ直ぐに見詰める目の色は、気のせいなのかもしれないが、綱吉にはだんだんと濃くなっているような気がした。
そのうち、廊下を歩いてるときや放課後獄寺や山本と一緒に帰るときなど肌が焦げるような感覚に囚われて振り向くと、決まって遠くに黒の学ランがはためいて見えるようになって、綱吉はその度に何とも言いがたい感覚に襲われた。
視線が絡むたびに感じる、あの、感覚。
空気が変わる。肌が粟立つ。意識してしまう。
自分の姿は、あの目に、どんな風に映っているのだろう。
雲雀から応接室に来るようにと誘われたのは、そんな時だ。
遅刻があまりにも多いことが理由だが、綱吉は首を傾げた。累計すると確かにそうかもしれないが、最近はリボーンの影響で頑張って早起きしているはずなのに。何故、今更。
予感と共に、不安と恐怖を抱きながらノックした扉の向こうには、静かに佇む雲雀の姿があった。
『何か、言うことは?』
そう言われても、何が何だかわからなかった。
『わからないの。本当に?』
そう言って、雲雀は綱吉を真っ直ぐに見た。あの、強く鋭い眼光を放って。静かに。
「…脅しだよなあ」
「何か言ったかい」
「いえなにも」
危ない。
あの時の事を思い出すと、綱吉は思わず全身を掻き毟りながら絶叫しそうになる。
なぜあんなことを言ってしまったのか、今でも全くわからない。
呑まれてしまったのだろうか。雲雀恭弥という男に。その男に抱く、自分の感情に。言い訳かもしれない。
「楽しみだなあ」
雲雀が呟いた声は綱吉の脳みそを犯していく。
いつの間にか二人の距離は縮められ、ゆっくりと髪を梳かれる。
見た目と違ってごつりとした雲雀の指が動くたびに、背筋を駆け抜ける疼き。
この男は、どこまで。
どこまで自分を侵蝕すれば、気が済むのだろうか。
週末のことを思って、綱吉は真っ赤に染まりながら、覚悟を決めた。
(…ていうか、)
まだキスもしていないこの清いお付き合い(これ、マジだ)。
まさかの事態なんてあるはずもない、かもしれない。
だけど綱吉は雲雀がにやりと舌なめずりしたのに気づかなかったので、ただただ可愛らしく(恋人視点)唸るのみであった。