「好きだ」

常識だとかプライドだとか色々なものをかなぐり捨てて告白した相手は、丸い目を僅かに見開いた。

 

失敗した。

 

無言で佇んだままの相手の脇を通り抜け、足早に部屋を出た。

固くなった拳は微かに震えていたが、綱吉は無視して歩き続ける。

もはや心は決まっていた。

「よし、」

(家出しよう)

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトンと小さなバスに揺られながら、綱吉は窓枠に肘をついてぼおっと外を眺めていた。

果てしなく広がる緑色。どこからともなく聞こえる小鳥のさえずり。遠くに見える子供たち。

「ダメだ」

どす黒い溜息をついた一番後ろの席の男に、運転手と乗客たちは怯えたように体を震わせた。小さい女の子が眉尻を下げて「ママー、あのひと」と指を指し、「しぃ!見ちゃだめ!石になるわよ!」と青褪めた若い母親が慌てて少女の目を覆うなど温かい光景も見られる中、綱吉は全く気付く事無くひたすら溜息をついてはぼおっとしていた。

そもそも、この気持ち自体がおかしなものだったのだ。

出会ってから十数年、気付けばいつの間にか目で追うようになり、頭を叩かれるのがほんのちょっとだけ嬉しくなったり(マゾになったのだろうかと真剣に悩んだ時期もあった)、眠る前は必ず顔を思い浮かべたりしていたのだ。しかも相手は十以上も年下で同性。それらの障害が霞むほどの天上天下唯我独尊傲岸不遜な少年。最強のヒットマン。自分なんか相手にされるわけない。

それでも募る恋心は、三十路手前男を少年のように若返らせた。日々の殺伐としたやるせない仕事も頑張ろうと思うようになり、周りの景色も色鮮やかにうつった。恋ってすごい。

でも。

もう終わった。

あのときの顔を思い出すだけで綱吉は体が凍るようだった。天変地異が起こったとしても動じない少年の、呆然とした信じられないような顔。

「消えたい・・・・・」

 

女の子が恐怖の限界を超えてぐずりだしたその時、バスが急停車した。

「うわ!」「きゃあ!」

乗客の悲鳴の後に綱吉がみたものは、窓ガラスを覆う真っ白い煙だった。

(なんだ?故障か?ハイジャックか?)

ポケットに手を突っ込み、慣れた手つきで手袋を嵌める。泣いていた女の子が手袋を見やった途端、何だか瞳をキラキラさせ始めたのには気付かず、綱吉は運転席へ向かった。

「あのー」「ひぃ!?」

なぜか恐怖に満ちた表情の運転手を訝しげにみながら、綱吉は続けた。

「故障ですか?それとも何か、襲撃されたとか?」

「ま、前の方に男が一人・・・何かを投げてきた」

こーりゃ、確実だな。自分のせいかもしれない、安易に屋敷から出てきたボスを誰かが見つけたとか。

「すんません、降ります」

「おい、アンタそんな、大丈夫なのかよ!?」

「まーなんとか」

運転手は不安げな顔をしながらも、次第に目に光を宿していた。

「き、気ぃつけてな、兄ちゃん」「あんがとー」

手袋を嵌めた手を軽く上げ、綱吉は白い煙の中に飛び込んだ。何も見えない。

だが、明らかに何かの気配を感じる。

あれ、コレって、

 

嫌な予感を覚えたその途端、腕をガシッと掴まれた。その手を見やる。一気に血の気が引いた。

だって、この手。見間違えるはずも無い。ずっと一緒にいたんだもの。

「、」「ギャアアアアアアアア!」

相手が何か言おうとしたその声を遮って、綱吉は思い切り叫んだ。泣きながら。そして掴まれた腕を思い切りぶんぶん振った。

「テメーふざけんな・・・・・!」

怒れる声が近くで聞こえ、男二人はもんどりうって道沿いの野原にごろごろと転がっていった。

 

次第に煙が晴れてゆき、バスの中の乗客たちは息を潜めながら外を見ていた。

段々と見えてきたその影は。

野原で必死に取っ組み合っている二人の男だった。

バスに乗っていた方の男が顔面に膝蹴りをくらい転倒したところで、運転手はもう一人の男と目が合った。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

僅かな沈黙の後、男はニヤリと笑った。その血走った目に、運転手はちびりそうになった。

男が手で「行け」と示し、運転手は背筋をぴーんと伸ばして敬礼をかまし、バスは勢いよく去っていった。

窓に張り付いていた女の子がお母さんに「見ちゃダメ!」と言われる声が綱吉の耳に微かに届いた。

 

 

 

「行っちまったな」「誰のせいだと・・・・・」

リボーンの尻に敷かれながら(物理的に)綱吉はうつ伏せの状態で脱力していた。もう体に力が入らない。このまま寝てしまいたかった。もうどうでもよかった。

今背中にのってるやつに、嫌われようが、避けられようが、

「・・・・・・・・・っ」

涙が滲んで、慌てて目を瞑った。やっぱり、嫌だ。嫌われるのも避けられるのも。

「探したぞ、ありがたく思え」

「・・・・・・・・・・・」

「無視すんなテメー」

いつもなら鉄拳が飛んでくるはずなのに、今日は何もない。天変地異が起こる前兆かもしれない、とぼんやり思った。

「もうオレはボンゴレをやめる」「何言ってんだ」

名前を呼ぶことは出来なかった。声に出したら、絶対に泣く。

思いのほか穏やかな様子のリボーンに本当に少しだけ安堵して、綱吉は本当に少しだけ調子に乗ってみた。

「もう日本に帰る」「ふざけてんじゃねえ」

「そんで畑でも耕す」「お前はすぐ根をあげるぞ」

「かーさんにも手伝ってもらう」「この歳で親に頼るなダメツナ」

「ひっそりと暮らす・・・・・」「一人でか?」

綱吉は黙った。リボーンも、何も言わない。

「・・・・・・・・・・・・誰か、お嫁さんでも見つける」

「へーそうかい」

「そーだよ」

 

「残念だなあ、せっかく愛人と切れてきたのに」

 

からかう様な、それでいて優しい響きの声色に、綱吉は顔をあげた。リボーンは笑っていた。

「おまえ、」

「ダメツナが」

ハハッと聞こえた底抜けに明るい笑い声に、今度こそ涙が頬を伝った。

「うう・・・・・」

「ばーか」

「ばかって言ったほうがばかなんだ・・・」

「ハナ垂れてるぞばか」