ある町に、綱吉という男の子がいました。
綱吉には、ともだちがいません。みんなと比べると、ちょっとだけマヌケだったので、仲間はずれにされたりからかわれたりしていました。
綱吉はそれがさびしくて、いつも一人で遊んでいました。
綱吉には秘密の遊び場所がありました。町の外れにぽつんとある、神社のうらの林のなか、その奥に大きな木があるのです。
その木の根もとには、綱吉がちょうど入れるくらいのあながあいていて、わらや落ちばをしきつめるとあったかくて気もちがよいのでした。
その中で、拾ったきれいな石ころや木の実をあつめては、太陽の光に照らしながらながめるのが綱吉のお気に入りでした。
ある日、綱吉がいつものように木の根もとに行くと、草むらのかげで何かががさりと動きました。
怖がりの綱吉は、小さな悲鳴をあげて動けなくなってしまいました。
がさり、がさり、と、音はだんだんこちらに近づいてくるようです。
あまりにも怖くて目をつぶろうとしたとき、ひょっこりと顔を出したのは、
一匹の、けものでした。
綱吉は、そのけものが何なのか、さっぱりわかりませんでした。
生まれてはじめて見るその動物は、絵本やずかんの中にいた色々な動物と似ているようで、どこかちがっていたのです。
ひょうにしては顔やからだが大きいような気もするし、ライオンにしてはたてがみがありません。
そのけものは、とても真っ黒でした。ビロードのようなつややかさで光る毛並みが、とても美しいのです。
まるで、冬の夜空のような色だ、と綱吉は思いました。
けものはじいと綱吉を見ています。綱吉は恐ろしくてますます動けなくなりました。
なにせ、そのらんらんと光っている目といったら―――いつも綱吉をいじめる、持田くんだってすくみあがってしまうような目です。
けものがぐるる、と唸り出したので、綱吉は思わずあとずさってしまいました。
どうやら、早くここからにげたほうがよさそうだ。
そう思ったとき、ふと、けものの足もとが赤黒い色をしていることに気づきました。
(――――、けが、してる)
綱吉は顔をくしゃりとつぶしました。綱吉も、こないだけがをしてしまったのです。
いじめっこの持田くんに足をひっかけられて、転んでひざこぞうから血がたくさん出ました。
その傷も、昨日やっとこさかさぶたがはがれてきれいになったところでした。
ですから、けがの痛さはとてもよくわかります。綱吉はおっかないのも忘れて、けものに近づきました。
けものはさらに唸り声をあげましたが、綱吉はおびえながらも足を止めることはありません。
どうやら、足にガラスのかけらがささっているようでした。
「だいじょうぶだよ、こわくないよ」と言おうと小さな口を開いたとたん、けものは、がう、とひとつ咆えたあと、飛びかかってきました。
「うわあ!」
とっさに顔をかばった右腕に、けものががぶりと食いつきました。
いたい。ものすごくいたい。頭ががんがんしてきました。あまりの痛さに涙も出ません。
ですが、綱吉はひたすら、いっしょうけんめい、がまんしました。
(だいじょうぶだよ。こわく、ないよ)
必死に念じていると、だんだん、けものの様子が落ち着いてゆくのがわかりました。らんらんと光っていた黒曜石のような瞳も、その光を静めてゆきました。
今にも腕を噛み砕きそうだった鋭いあごが、そろり、と力を弱めていきます。
最後には、けものは完全に腕を放しました。ささった鋭い牙が、ぶしゅう、と音を立てて抜けていくのを、綱吉は顔をしかめながら見ていました。
警戒したようにじいっと見つめてくるけものを眺めながら、綱吉は妙な気分になりました。
けがをしたものが、ひとりといっぴき。なにか、へんな感じです。
「抜いたげる」
ぼそり、とつぶやき、綱吉はけもののあしもとにかがみました。
「いたいかもだけど、ちょっとがまんしてね」
なるべく、痛くありませんように痛くありませんようにとぶつぶつと呟きながら、そっとガラスをつかみました。抜いた瞬間、ぐる、とうなる声が響きましたが、それだけでした。
ガラスを取ってやったとたん、けものはいきなり綱吉の右腕――ちょうど、けものが噛み付いたところをべろんと舐めました。
「ひゃ」
そして、後ろにひとっとび。
「あっ、」
というまに、消えてゆきました。
「なんだったんだ・・・」
ふしぎと、傷は消えていました。
とん、とん。
よなか、綱吉は、なにかの音で目が覚めました。
気のせいか、と考えを放棄しようとして、「ガシャアアン!」と響いたどはでな音に思わず飛び起きました。
「ぎゃあ!」
「なんだ、起きてるじゃないか」
部屋のなかにひっそりと佇んでいるのは、昼間助けたけものでした。
低く、深い、ふしぎな響きの声が部屋に広がり、綱吉は耳を疑いました。
おどろきのあまり、声も出ません。しゃべるけものなんて見たことも聞いたこともありません。
「せっかく尋ねてきてやったのに、無視するんじゃないよ」
ものすごく偉そうです。綱吉は、いとこの少年を思い出しました。あの美しい男の子も、いつも偉そうに綱吉をからかいます。
「警戒するな。昼間の礼に来たんだ」
そう聞いて、ようやく肩の力が抜けました。もし、お前を食べてやるとか言われたらどうしよう、と思っていたのです。
綱吉がそんなことを考えているとは知る由も無く、けものは淡々と続けます。
「君にこれをあげるよ」
そういって、目の前に差し出されたものは。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しっぽ?」
ひょろりと長い艶やかな、夜空色の長いしっぽでした。
けものの毛並みは、しっぽの先まで美しく光っていました。月の光を浴びながら、ぴょこ、ぴょこ、とかわいく動いています。
(首に巻いたら、とても暖かそうだ)
ですが綱吉は、その申し出を断りました。
「いらない、です」
「・・・・・・・・・・なんで」
とたん、不機嫌な声になったけものに、綱吉は慌てて弁解をしました。
「ち、ちがいます。だってそれ、だいじなものでしょ」
こないだ、テレビ番組で、動物のしっぽは大事なやくわりをする、とか言っていたのを綱吉は覚えていました。
無言で佇むけものに怯えながらも、一生懸命話し続けます。
「だいじなものなのに、オレなんかにあげたらもったいない、です。おれいも、いらない。別にほしくて、やったわけじゃないです」
半分、いや、それ以上の割合での、恐怖心からの本音をたどたどしく吐き出しました。
ですが、けものはいいように解釈してしまったようです。
「・・・・・草食動物のくせに、遠慮なんかしてんじゃないよ」
「え、オレ、にくもたべま「四の五の言わずに、受け取るんだよ」
毛のかたまりがベシッと顔に叩きつけられ、
「いてっ!」
それを引っつかみ何するんだと文句を言おうと口を開くと、
「・・・・・・・・・・・・・あれ?」
けものは、消えていました。
綱吉はぽかんと口を開けながら、煌々と、窓ガラス越しに光る月を見ました。
(・・・・・・ゆめ?)
割れたはずなのに、元に戻っている窓をがらりと開け、闇夜を見渡すと。
路の向こうに、黒い影が遠のいていくのが見えました。
「あれ?」
綱吉は目をこすりました。けもののおしりに、もらったはずのしっぽがゆれていたからです。
自分の手を見ると、確かにしっぽがあります。綱吉はもう一度、外を見ました。
消えてゆく月の光に照らされて、きらりと光ったような気がしました。
綱吉は、そっと、しっぽの先を顔に寄せました。
ふわり、と鼻の先にふれたやわらかなものは、草のにおいがしました。