「ちょっと失礼」

「―――――――――!!!」

 

深夜0時前。

窓枠にひょいっと現れた見知らぬ人間。あまりの突然な出来事に、綱吉は声も出なかった。

「ね、あれ、持ってる?まだ」

「はっ、」

「・・・・・・・・・・失くしたの」

「えっ、なに、てか」

「ばーか」

 

ざんっ。

そして唐突に去っていったやつの顔は闇夜に紛れて見えなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゆめ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ来たァァァァ!!!」「ちょっと」「ひぎゃあああああぁぁぁぁぉぶッッ!!?」

 

 

一瞬にして百メートル後方に転がり壁にぶつかる、というアスリート並の運動神経と芸人並の落ちを見せた少年に、声をかけた人物は嘆息した。

「逃げるな」

「いや無理だろ!」

綱吉の脳内には今朝の出来事がしっかと刻まれていた。久しぶりの恐怖の出来事だ。以下回想シーン。

 

 

 

「転入生がきたぞ」

との先生の言葉に、教室内は色めき立った。

「俺見たぜ!男だった、でも美人さん」「うっそマジで」「すっげー金持ちらしーぜ」「帰国子女だって」

言いたい放題の輪の中、沢田綱吉は別のことで頭がいっぱいだった。

『今日から遠い遠い遠ーい、親戚の子が家に来るからね。仲良くね』

(出来るかァァ!!)

元来人見知りなのと、その遠い遠い遠ーい親戚の系列は父方だと聞いて、綱吉は真っ青になったのだ。

『父の親戚には近付くな』。幼い頃から今まで生きてきた中で培われた銘である。

そのほとんどが外国のどこかに住んでいるらしいが、やたら温厚そうで切れたら恐ろしいじーさんだったりヤの人も真っ青で逃げ出す程強面顔面傷の大男だったり変なオカマだったり変な切り裂き変態だったり変な長髪へタレだったり色々居るのだ。

その変な親戚系列のひとが、家にやってくる!あまつさえこれから一緒に住む!

(いじめられたらどうしよう殴られたらどうしよう睨まれたらどうしようぶっ殺されたらどうしよう)

奈々から告げられた瞬間からずっとエンドレスリピートで回転している妄想は収まる気配も無い。

なので、綱吉はその人物が教室に入ってきたときも、視線が一瞬己に向けられたことに気付かなかった。

 

その少年は、美しかった。

端整な顔の造りにも目を引くものがあったが、何よりも深い黒の瞳、対になっている髪の色だ。

遠目から見ても艶やかに光るその美しい髪はさらりとゆれ、女子生徒は一様に目を潤ませた。頬は真っ赤になっている。

綱吉は心配になった。憧れの京子ちゃんも同じような感じになってやしないだろうか・・・?

「じゃあ君」

先生の言葉を遮り、少年は黒板へと向かった。大きく文字を書き出す。字も、その仕草も流麗だ。

『雲雀恭弥』

(く、も、・・・・・・・?読めねえ)

勉強は好きじゃない綱吉だった。

 

「ひばりきょうや」

 

「―――――?」

あれっ。

 

この声、何か、

 

ドガァァァン!

 

 

しーん。

一瞬にして静寂が訪れた。

 

しゅうううううう・・・・・・・・・・、と煙が立ち昇っている。真っ二つに割れた机の割れ目からだ。

美しい顔には影が落ち、目は前髪に隠れて見えない。思い切り振りかぶられた妙な棒はどこから生えてきたのだろうか。

机を粉砕された一番前の席の男子は、あまりの衝撃に腰を抜かして床に座り込んでいた。生まれたての小鹿なアレになっている。

「ど、どど」

真っ青な教師を無視し、少年―――雲雀恭弥、後にこの学校、いや、ご町内の元締めとなる彼は高らかに言い放った。

「私語は慎め。今HR中」

「な、なんだテメ」

ボグッッ!

「ギャボッ!」

哀れな小鹿は床に突っ伏した。教師の涙ながらの制止も華麗にスルーし、ダンッ!と倒れ付した体を踏みつけ天を指す。

ポージングだけ見れば、どこかのRPGから抜け出してきた勇者のようでもあった。後光のオプションつき。

 

「僕の前で風紀を乱す輩は許さない。男も女も関係なく」

キュピーン!

(((あわわわ・・・・・・・・)))

綱吉を含めたクラス中の生徒たちがうっかり泡を吹きかけるほどに、恐怖のどん底に陥った瞬間だった。

 

 

回想シーン終了。(ちーん!)

 

 

目の前は揺れていた、視界を覆う涙のせいだった。

ひた、ひた、ひた。

「あわわわ・・・・・・・・・!」

ちょっと待ってオレこれからどーなんの心の準備をさせてくれってかそもそも何でオレ?何かしたオレ?もしかしてアレ、体育の時間にボール取り損ねたから?押し付けられた掃除をテキトーに終わらせたから?京子ちゃんとの相合傘を理科室の机にこっそり書いたから?もう引っ掛かるゾーンが計り知れなさすぎでわかんねえ!

「沢田」

「ひえええええええお助けェェ!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、オレの名前」

恐る恐る見上げると美しい顔。ふっ、と笑んだ顔に、一瞬見惚れた。

軽く握られている拳は同年代のそれよりもいかつく、右の甲にうっすらと傷が見える。

 

「帰るよ」

「はあ・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、

 

―――――――――――――――――――!!!!?」

 

 

 

「今日から家に住む」

「雲雀恭弥です」

奈々に続き御本人。今更そんな言葉遣いされても全身から冷や汗が出るだけである。綱吉は後ずさった。

そんな彼にはお構い無しに、目の前の雲雀恭弥は語りだす。

「僕はある目的があってこの町に来たんだ」

(聞いてねェェ!)

「それは、沢田綱吉。――――君を鍛えるためだ」

「聞いてねェェって!・・・・・・・・・って、ハッ?お、おれをきききき」

「聞くところによると君、かなりダメダメらしいね。君の父親に頼まれたんだよ、『息子をよろしく頼む』って」

「お父さんの頼みじゃあしょうがないわよねえ」

「なんもしょうがなくないよ!断ろうよそんなん!」

「まあいいや、部屋どこ?二階?」

「はあ、そうですけどっ・・・・・てオイ!オレの部屋来る気!?」

「他に何処があるの」

何なんだ、この男。

「・・・・・・・・・ゆ、夢の」

「寝てるの?」

「起きてるよ!」

 

部屋に(勝手に)入った途端、雲雀恭弥は目を細めた。

「ちょっ、勝手に―――!」「ねえ、あれ」「へっ?」

ベッドの傍にちょこんと置いてある黒のかたまり。綱吉のお気に入りだった。

「あれが何か?」

「何でベッドに?」

質問で返すな。言えず、渋々と答える。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アレがないと、眠れないんです」

「へー」

「べつにあれですよ、気持ち良いんスよ」

「ふーん」

「・・・・・・・・・・何なんスか」

「別に」

うわ腹立つ。

 

ニヤニヤと笑われるのが馬鹿にされているように思え、下唇を噛んだ。

 

だってアレは。

大事な、

 

 

「まずは勉強からね。まあ、今日はせいぜい休んだら」

「へっ」

撫で撫でされてる意味がわからない。

妙に満足げな雲雀恭弥の隣で、綱吉は途方に暮れた。

取り合えず寝床の用意をしなければ。

狭いベッドに男二人、そんな事態だけは避けなければならない。