綱吉は瞬いた。隣に居た獄寺が、僅かに息を呑む音は耳に入らなかった。
持っていた炭酸のペットボトルが手から滑り落ちた。
ぼごん、と滑稽な音を立てて、零れた中身は足元で独特の匂いを放っている。
(ああ、裾に被ってしまったかも、洗濯しなきゃあな)
ぼんやり思う。
世界が遠い。
目の前には、可愛い女の子が居た。男連れ。
よく知っている、
知りすぎている男だ。
「ツナ」「・・・・・・・・」
闇の中、室内は独特の空気に包まれていた。濃い密度、空気に香りがするならばさぞかし甘さが鼻につくだろう。
以前はハンモックか床に布団で寝ていた男も、今はもう使っていない。恋人がベッドにいるからだ。
二人は密着していた。隔てているのは、それぞれの着衣だ。その僅かな隔たりがもどかしいとでもいうように、リボーンは己の上着を脱ぎ捨て、次いで綱吉の其れを脱がしに掛かった。
「リボーン、今日はあまり」「黙ってろ」
首筋に唇を寄せる。くぐもった声にほくそえみながら、手を押さえつけた。
(ツナの体は、いい匂いがする)
伝えたらきっと恥らうだろう。その様子がさらに己を煽る。実行に移そうとして、リボーンは綱吉の様子がおかしいのに気付いた。
「ツナ?」
綱吉は、苦しげな表情で宙を見ている。眉を寄せ、唇を噛み締め、何かに耐えているのは一目瞭然だった。
その顔を見てリボーンは、初めて、綱吉が本気で拒絶していると気付いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん、今日はもう、寝たい」
返事も待たず、綱吉はリボーンを押しのけて、壁際に体を向けた。
小さい背中は、「絶対声かけんな」と叫んでいるのが丸わかりで、リボーンは目を見開いたまま、ビシリと音すら立てて固まった。
「ツナがな」「もういい」
コロネロはうんざりしていた。
「うんざりだ」
口にしたが、リボーンは一瞥しただけで『テメエなんかに興味はない』的雰囲気を醸し出したので、コロネロは思わず拳を握った。
だがその手から奇跡のパンチが生まれる前に、リボーンは再び口を開いた。
「避けてる」
「その台詞、今日で21回目だ」
「お前暇人だな」
数えていたことを揶揄され、コロネロは今度こそ拳を振り上げた。だが繰り出されたそれはあっさりとかわされる。再び机の上に上半身を預けたリボーンを見て、コロネロは脱力した。
「あー、面倒くせえな!本人に聞きゃいいだろーが!」
「聞いた」
「あ?」
「聞いたけど何も言わん」
「・・・・・・・へー」
「ツナ・・・・・・・」
(気持ち悪りーなあ)
だが、こうやって愚痴愚痴言っている間はまだ良い。
本格的にまずいのは、そう、以前のようにオーラで周りに八つ当たりする時だ。あの時のリボーンは本気ではた迷惑だった。
窓越しにグラウンドを見やる。グラウンドでボールにぶち当たった茶色頭をみて、コロネロは溜息をついた。
校庭の隅にある水道の蛇口を一つ捻り、山本は思い切り頭に水をぶっ掛けた。
「っかー!気持ちいー!」「おい頭振んな!かかるだろ!」
獄寺の怒りも笑い声であっさりとかわし、思いついたように反対側の綱吉にも蛇口を向けた。
「!?」「どーだツナ!気持ちいいだろ?」
綱吉は初め、呆然と頭から水を滴らせていたが、ボソリと何か呟いて自分から頭を寄せてきた。
「お」
これでもかと言うように頭に水を被り、猫のように振るわせる。
「っあー!気持ちいー!」
頭を上げた綱吉は、横で目をパチクリしている友人二人を見てはにかんだ。
「へへ、真似っこ」
「さ、沢田さん・・・!」
獄寺はたまらん、といったように青空に向けてガッツポーズをしていた。だが山本は訝しげにこちらを見ている。
「どしたの?」
「・・・や、ツナ、なんか珍しーなあと思って」
「そう?」
そらっとすっ呆けて、顔を洗い始める。友人たちが再び水に向かう気配を感じながら、綱吉は内心溜息をついた。
どーせキャラじゃないですよ。あー、山本たちに当たっても意味ない、てか八つ当たりじゃん。最低、オレ。
最低。ばかやろう。
胸中で呟いた罵倒の台詞は自分へと、そして彼の男へと。
目を閉じれば脳裏に浮かぶ。
一組の男女、絡まる腕、穏やかな雰囲気。
確か、リボーンと同じクラスのオンナノコだった。名前はなんだっけ?
どうでもいいか。
元来リボーンは女性に優しい。それは今までもそうだったしこれからも変わらないだろうし。
愛想つかされたわけじゃない。(だったら毎夜ベッドに無理矢理忍び込む必要はないし)
てか別に、あのシーンに意味はないだろう。気にしすぎだ。
たぶん。
「女みてー」
「あー?」
「なんでもない」
今のオレはあれだ。『じょうちょふあんてい』ってやつだ。
漢字変換することなくたどたどしく胸の内で呟いて、頭を冷やすべく再び水を被った。
綱吉は腹を括った。
「キスして」
瞬間、言われた本人は目をまん丸に見開いて止まった。
自室の中、何をするでもなく、そして空気はひたすら重い中での発言だ。唐突過ぎだと突っ込む人間は己以外には居なかった。
顔が、耳が、燃えているように熱い。だが、綱吉は己を奮い立たせた。
さっきまで何だか落ち込んでいるように見えた恋人(もしかしなくてもオレのせいか?)の正面に回りこみ、胡坐の上に座り込む。ちなみに普段は絶対にやらない。
呆然としているリボーンを無視して、目じりに、頬に、唇に、掠めるような口付けを、拙くひたすらにおくり続ける。
ようやっと背に腕が回ったのを確認して、綱吉は白い首筋に顔を埋めた。
ダメだ。眩暈がする。こんな子供じみた独占欲、無意味な行為。だが衝動は止まらない。
女みたいだ、って。上等じゃねーか。
これは、オレのだ。
リボーンは偶然会ったクラスの女子に絡まれているだけです。浮気なんか出来ません、てかしません。ツナがいるからね(甘ァァ)