リボーンと一緒に居ることによって己が時々背負うことになる負の感情はいつも決まっている。自分に対する卑屈さと周囲に対する嫌悪感、その中に静かにある濁ったいろの悲しみ。大抵投げかけられる言葉は実に下らないものだ―――「なぜ、ダメツナなんかとリボーンが一緒に居るのか」だとか。偶々リボーンが家の隣に引っ越して来てそれから一緒にいるようになってなんてどこにでもある幼馴染の流れは俺らの間には通用しないらしい。世間的には『ダメツナ』は天才の隣にはいちゃいけないらしい。
なんで?そんなの、オレの方が聞きたいくらいだ。
「おいサイヤ人、じゃなかった、暇人」
「ケンカなら明日買うから今は話しかけんな…」
ぐでりっ、とフローリングに寝そべりながら、綱吉はぼそぼそと返した。傍には扇風機さんが一生懸命に首を振っている。現在、沢田さんちのクーラーは全て絶賛休業中だ。電源を入れてもガスッだのゴスッだの恐ろしい音しか鳴らない。今日の夕方には業者さんが来て直るとの事だった。
「溶けそうだな」
「この世から消えそうなくらいしにそうです」
もう自分が何を言ってるのかもよくわからない。そんな綱吉を一通り眺めて、リボーンは言った。
「俺んち来れば」
綱吉は一度ゆっくり瞬いて、リボーンの言葉を噛み締めた。後、
「―――――ですよねっ!」
勢いよく上半身を起こした。首の下にフローリングの後がついて僅かに赤いラインが浮かび上がっているのを見て、リボーンは目を細めた。
綱吉は準備をしようと立ち上がったが、ふと、動きを止めた。
「・・・・・・・・やっぱ、いい。水風呂とか入ってがまんする」
「は?なんで」
「いや・・・・・」
綱吉は言葉を濁した。今日は何となく、リボーンと顔を合わせづらかった。幼馴染の家は夏でも冬でもなぜか快適でとても過ごしやすい。普段二人が居る場所がなぜこっちになってるんだろう、とふと考えたが、おそらく奈々がいるせい――というよりも食べるもの(朝ごはんとか晩ごはんとか)があるせいだろうと結論付けた。いやそんなことより、リボーンの家には行きたくない。だってたぶん、二人きりになんぞなったら、このクソ暑い中だろうがなんだろうがこの男はきっと。あーいやだ、こんなことを考えてしまう自分が一番暑苦しい。
何となく傾いてしまうと、いきなり近くで声が響いた。
「こんなに汗、かいてんのに」
はじかれたように顔をあげると、目の前にリボーンの顔があった。この端整な顔は、小さい頃から見続けているが見飽きるということは無い。しかもいきなり見せられるといつだって心臓に悪い。妙な動悸を悟られないようにと冷静さを装う綱吉だったが、リボーンは薄く笑った。そして視線をやや下の首元に移し、手を顔の前に持ってくる。思わず目を瞑ったが、いきなり鎖骨の下をなぞられて思わず「うっ」と声をあげた。
ゆっくりと、肌触りを楽しむかのように、リボーンは指を進めた。綱吉は、指先まで白く美しい肌が己の日本人らしい黄色な肌の上をすべるのを見た。なぞられている箇所が段々と熱を持ってゆく。勘弁してくれ。綱吉は再びぎゅっと目を瞑った。頭がくらくらする。手足の感覚がなくなってゆく。ただ触れられている部分にだけ、全神経が集中してゆく。
「やめろ」
振り絞った声は思ったよりも掠れていた。リボーンが唾を飲み下した音が部屋に響いた。
半ば引き摺られるようにして移動した先は当然のようにお隣さんちの二階の部屋で、クーラーがガンガンにきいているというのに部屋に入るなり主はいきなり電源を切った。
「ちょっ、何すんだよっ」
「暑い方がすぐによくなる」
そんな中でしたら死ぬんじゃねーか。口を開こうとしてやめた。コイツは素直に聞くようなヤツじゃない。
くるりと踵を返して逃走を図るも、それを見越したかのようにあっさりと首根っこを掴まれてベッドの上に放られた。
「ぶっ」
「往生際悪りーなァ・・・」
うつ伏せになっているその背に片手で体重をかけられ、首に息がかかる。左手に、一回り大きな其れを重ねられた。暑い。
「あついってマジで」
「我慢しろって」
スンスンと鼻をならしながら、リボーンは上の空だ。
・・・・・・・・・・・・・・・スンスン?
「おいッ!お、お前、変態さんだったのか」
「は?」
「何で人の汗のにおいなんて嗅いでんだよっ!」
「あー、だって何かイイ匂いすんだもんよ」
綱吉は思わず鳥肌を立てた。リボーンは「失礼なヤツだな」とぶつくさ言いながらも、未だ首元でスンスンとしている。さらにべろりと舐められて「しょっぱいな」と呟き、しかし二度、三度、舐め始めた。もしかしなくても、汗を舐め取っている。犬かお前は。
(こいつって・・・)
綱吉は呆然としながらも、いきなり脳裏にフラッシュバックしてきた言葉を反芻した。
『なんであの人と一緒に居るの。ウザいんだけど』
『ていうか、邪魔』
ウザいのはお前らだよ。とは、言い返せなかった。小さい頃から蓄積されてきたコンプレックスはそうすぐに砕けるものではない。けれどやはりそういった言葉を投げかけられる理由は無い。だってそんなのそっちの都合じゃねえか。しかもわざわざリボーンの居ない補習期間を狙いやがって。結構能天気な幼馴染はどーか知らないけど、オレは。
オレは結局、コイツの傍に居たいんだから。
「それでいいんじゃん」
「は?」
布団に押し付けられてくぐもったはずの声は、しっかりと聞きとがめられた。不審に思ったのか、リボーンは綱吉の体を反転させた。
「・・・・・・・・気持ち悪りー」
「へへへ」
ニヤニヤと笑いながら、綱吉はリボーンの首に腕を回した。リボーンが固まる。
「だって、オレなんかの匂い嗅ぎたがる変態さんなんて、お前しか居ないもんなあ」
「変態さん言うな」
「あっ、でも」
「ん?」
吐息が触れ合う寸前、綱吉は思い出したかのように言葉を紡いだ。
「そーいえばこないだ、獄寺君にも言われたなあ」
「・・・・・・・・・・・・・・何て」
「『沢田さんの汗はお花畑の香りがします』って」
途端、目の前の男の形相が大変なことになってしまったので、綱吉は青褪めた。
なんだかよくわからないが、取り合えず機嫌を直さなければ。でも、その前に。
「リボーン」
唇に息がかかる。
「クーラーつけて。頼む」
「却下」
同時に咥内を貪られた。だからあついんだって。