まな板の上、軽やかに包丁を翻し、お野菜さんたちは細かくなってゆく。
それらを鍋の中にいれ、コンロの火を少しだけ強める。
「ふー、あとは」
幼いように見えるが年相応のしっかりとした雰囲気も併せ持つ、独特の魅力ある女性―――沢田奈々は、くるりと振り返り叫んだ。
「あの子たち、まだ起きないのかしら!」
片手に握られたままの包丁が何とも恐ろしげに光っている。キラーン!
そのころ彼らは二階に居た。
ベッドの上で放心したまま、動く気配の無いこの部屋の主は、その寝癖も今は収まっている。
さっきまで彼を包んでいた柔らかく温かい感触は、なんかもう可哀想なぐらいにぐしょぐしょだった。
傍には黒髪の少年。仁王立ちでバケツを抱えていた。逆さになったその口の端から、しずくがぼとんっと落ちた。
「起きたか」
この男、
何て『魔王』なんだ。
水をぶっ掛けられて起こされた沢田綱吉は、思わずシーツを握り締めた。グショッ!といやな音がした。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
ちょん。
「、」「!!!」
目を合わせたのは一瞬。綱吉は真っ青になって光速で下を向いた。と同時にあのドス黒い禍々しいオーラが降ってくる。
(ひいい・・・・・・・)
ほんのちょっと。ほんのちょっと小指が触れただけなのに。何なんだこの状況。
見ようによっては「いやあ何て初々しい彼氏彼女」みたいに見えるかもしれないのに(男と男ですけれども)。取り囲む雰囲気は真逆である。
清清しいはずの登下校時は最近いつもこのような感じだった。
綱吉は思う。
(何で一緒なんだろう)
嫌なら別にいいのだ。オレだって子供じゃないんだし、一度教えられれば道くらいわかる。たぶん。
必ずついてくる彼はいつも顔を顰めていて、目を合わせたらなぜか睨んできて、
でも。
ちょっとだけ、泣きそうな顔になるんだ。
「何なんだよ・・・・・・」
少年が隣で肩を揺らし、綱吉はぎゅっと手を固く握った。
「あの」「何でしょうか!!!?」「獄寺獄寺。怖がってるから、ツナ」
いつも以上にプルプルしているツナも可愛いとか思いながら、山本武は朗らかに羽交い絞めにする。された獄寺は肘でその腕を攻撃しながらも、綱吉に笑顔を向け続けた。
「この獄寺隼人、沢田さんのためなら何でも!なんでもします!」
「あ、ありがとう・・・・・・」
気のせいなのだろうか。オレの周りには多少、変わった人がいるみたいだ。綱吉は何となくそう思った。
獄寺隼人はまさにそれなのだ。不良も恐れる存在らしい彼はなぜか綱吉にだけドロンドロンに溶けきった態度をみせる。
記憶を失ったらしい次の日の朝、家の門でなぜか待ち伏せされ、しかも双眼鏡で部屋をチェックされていたらしく、隣の家から出てきた魔王にしばかれていた(その時に魔王がお隣さんだと知った)。その後も何かにつけて「沢田さん!お怪我は!?」「沢田さん!飲み物は!?」「沢田さん!お、おお、俺の膝のうえグボブッ!」など、山本に殴られつつもやたら構ってくる。怖い。
そしてにこやかに笑う山本もよくわからない。クラスというより学校の人気者らしい彼と自分が『親友』なんだ、と真面目な顔して言ってきたその次の瞬間にホッペにキスなんてされて「親愛の証。毎日やってたぜ?」と当たり前のような顔をして抜かすもんだから、綱吉は思わず叫びながらビンタをかましてしまった。その後「ジョーダンだってはっはっは」と笑顔でかわされたが、微かに涙目になっているのにばっちりと気付いてしまったのだ、殴ってしまったせいか思い切り拒否ってしまったせいか定かではないが。
なんか変わっている。
綱吉の頭には『獄寺と山本』=『同じクラスのひとたち』=『たぶん親友』=『だけどちょっと、いやもしかしたらかなり変なひとたち』とインプットされた。
「ちょっと、聞きたいことがあって・・・・・・・・・」
もご、と口を閉ざす。ここまで言っておいて、次の言葉が思いつかない。
(何て言えばいいんだ?)
単刀直入に言えば、『あの魔王とオレってどーいう関係?』だ。多分二人は知っている気がする。『親友』宣言もあるし。
けれど周りに聞くのってどーなんだ。直接本人に聞けば済む話ではないか。
一瞬考えるが、しかし、あのオッソロシイ顔を思い出し、ブルブルと否定した。やっぱ無理。
そして再び決心し顔を上げ、二人の顔がやけに近いのに綱吉は仰天した。
「うわあああああッッ!!?」
「えええええええ!!!」
「あっ悪い」
獄寺はつられて叫び、山本は頭を掻いた。
「つい、見惚れてた」
「何に!?」
聞いた後で、しまった、と思った。
「ツナに」
ほら意味わかんねえ。
綱吉はスルーし(ここ数日でスルースキルはかなりアップした)ため息をついた。
(・・・・・・・・・・・・・・こうなりゃ)
魔王の居ない隙を見計らい、綱吉は恐る恐る入り口に佇んだ。
キラキラ光った頭が奥の方に見える。親友たちに聞いた限りでは、あの人がアイツの悪友だそうなんだ。まあ仲は良いらしい。
あの人に聞けば確実に何かがわかる。でも。
「・・・・・・・・・・怖ぇ・・・・」
あの人を中心とした半径二メートル内、周りの生徒が皆避けている。当の本人は眉間に皺をよせ何だかぶつぶつと呟いていた。
「くそ・・・・・アイツめ・・・・・・・八つ当たり・・・・・・なんで俺が・・・・・・・・」
何だか不穏な単語が聞こえてくるのは気のせいだろうか。綱吉が一層の不安に駆られた時、ふ、と目が合った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ガタン!
頭がキラキラと光っている少年―――コロネロが立ち上がり、綱吉を含めた生徒たちはびくりと体を震わせた。
一歩ずつ近付いてくる足音がやけにゆっくりと響いている。
「・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと面貸せ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
(あっ、コレ、殺される)
でも何でちょっと涙目なんだろう。