「、ごほ、」

焼け付くような痛みに、綱吉は顔をしかめた。

額に手を当てようとして腕を動かそうとするが、ぼんやりとした意識の中、己がやけに緩慢な動作なのに気づいた。

「・・・・・・」

原因を探るも、特に思い当たらな、・・・・・アレか、遅くまで職安に居たせいか。そこで意気投合したオジサンたちと遅くまで呑みまくったせいか。

家に入った途端そらもうすんごい顔で出迎えられ、一時間ほど外に放置されたのが原因か。多分そっちか。そっちだ。

ドアの前で震えながら『鬼のような形相』を生まれて初めて見た、と場違いに、感慨深げに思ったような気がするのが最後だ。

しばらくの暗闇の後に目を開けたのは今、見えるのは真白い天井。

(あれ、デジャヴ)

手をかざしてみる。輪郭はぼおっと霞んでいた。ベッドへいくべきか、でももうソファでも変わらないかもしれない。

暗い意識の中で、同居人が何か言っていたような気がした。そういえば、飯を作らないとぶっ殺される。てか今何時だ。

若干震えているような気がしないでもない手を懸命に伸ばし、運良くテーブルの上にあったケータイを掴んだ。時間を確認する。眉を寄せた。

(・・・・・・ひる過ぎてる)

なんだか、このままズルズルといくとまずいような気が。する、けども。

無意識に画面は切り替わり、気がつけば携帯を耳に押し当てていた。

 

プルルルル、プルルルル、プルルルル、プ、

「も、」『只今、電話に出ることが出来ません。発信音の後に』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・です、よねえ」

てか何でアイツにかけてんだオレ。

自問しながら通話をオフにした。頭元に投げ出す。吐いた息は腕に掛かり、熱いように感じたのは無視した。

 

 

 

 

 

真白いフラッシュが断続的に光ってゆく中を、一人の男は悠然と佇んでいる。

カメラマンやスタッフを軽口を交わしながらも、洗練された仕草一つ一つを完璧にこなしてゆく。

その美しさに、女性は当然のように、男性でさえも溜息をついていた。

彼の周りでは日常茶飯事なこの風景は、ようやっと最近再開されたものだ。

いきなりの失踪、事務所側の必死の捜索、そしてふらりと帰ってきた彼は、消えたことが嘘のようにいつも通りの振る舞いで、周りの人間は僅かに首を傾げた。

だが時間が経つに連れて浮かぶ疑問もかすんでゆき、思い出すこともなくなってきた。

「じゃあちょっと休憩」

カメラマンの一言に、スタジオ内の空気が緩んでゆく。

スタッフはそれぞれ手や口を動かし合い、カメラマンはカメラのチェックを助手に指示し、奥の休憩所へと足を踏み入れた。

「・・・・・・・、」

パイプ椅子に座り長い足を優雅に組んでいる人物は、携帯電話のチェックをしている。声をかけようとして、目の前の男が眉を顰めたのに気付いた。

(どうしたんだ)

リボーンは普段飄々とした掴みどころの無い雰囲気なので、そういった顔をみることはあまりなかった。

何かあったのだろうか、いやいやプライベートなんて首をつっこんじゃいけないと思いながらも、あのリボーンのプライベートとはどんなものなのだろうと若干の興味は隠し切れなかった。

少しだけ近寄ってみる。リボーンはどこかに電話をかけているようだった。

 

「ああ?・・・・・・ああ、ああ。はあ?!」

ガタン、と立ち上がった彼を見て、珍しいと思った。雰囲気的に、何となく砕けているような印象を受ける。

「バカじゃねーのか。いや、馬と鹿に失礼だな。・・・・、バカにバカっつって何が悪い」

楽しそうにバカバカ連呼するリボーンに、カメラマンは目を点にさせた。電話越しでの会話は続いている。

「バカはとっとと寝ろ。おい、聞こえてんのか?・・・・、おい、」

しばらくの沈黙が空間を支配した。カメラマンはごくりと唾を呑みこんだ。何だか、声をかけちゃいけない気がする。「よー」とか言いながら普通に入っちゃいけない気がする。

携帯電話の電源を切った後も、リボーンはなぜか黙りこくったまんまだった。

次に、男が目にしたのは、カリスマモデルが傍にあったコーヒーを手に取ろうとしてカップをひっくり返し、机一面に中身をぶちまけた光景だった。

さらに、(恐らく)慌てて服に掛からないように飛びのいて後ろにあったパイプ椅子に直撃し携帯電話を手からぶっ飛ばしたのを見て、カメラマンはくるりと踵を返した。

一心不乱に歩くその姿を見て、スタッフたちは首を傾げた。

(俺は何も見なかった、俺は何も見なかった、)

滅多に見れないものを見た衝撃、その余韻は、一人の男を支配してやまなかった。

 

 

 

 

 

 

 

何かの音が聞こえる。シュンシュンいってる。まーどうでもいい。てかオレ、寝てたのか。ベッド行きてえ。さむい。

「起きろダメツナ」

うっせ、

「死にたくねーなら起きろ」

 

首筋に冷やりとしたものが当たり、綱吉は思わず喉を鳴らす。目をゆっくりと、開けた。

霞む視界に入っているのは、倣岸不遜な同居人だ。

なんで、と言おうとして、声が出ないのに綱吉は気付く。焼けるような痛みは強くなっていた。

「ここで寝ると邪魔だ。奥にでも引っ込んどけ」

ぶっきらぼうな口調と共に、額に手を押し当てられた。

先ほど首に当たったのは、彼の手だったのかと合点がいった。やたら冷たい温度が今は心地よかった。認めるのは悔しかったが。

無理矢理言葉を搾り出す。

「いまなんじ」「六時前だ」「・・・・・・・・・はやいね、かえるの」「どっかのバカが電話中意識ぶっ飛ばしたせいでな」「へー・・・・・・」「・・・・・・・」

リボーンが青筋を立てているのはスルーし、ゆらりと立ち上がる。

「おいどこいくんだ」

「でまえ、でんわ、ゆうはんないからおまえだけでもくえ、じゅんび」

「だ、から!」

少し強く肩を引くと、綱吉はあっさりと倒れこんできた。

「バカは大人しく寝てろ。命令だ」

「めいれい、っておまえ・・・・・・・」

「今、湯沸かしてるから後で体拭くぞ。テメー汗くさい」

その優しさは気持ち悪いと思ったけど、綱吉は好意に甘えようと思った。体を完全に預ける。もう限界だった。

「はこんで」

しばらく経ってもゲンコはとんで来なかったので、これくらいの甘えは許されるんだ、と、ぼんやり思った。しにそう。