焼けたトーストを皿に乗せ、ちょこんとバターのかけらを置いて。

既に用意したサラダの器と一緒に、トレーに乗せる。

 

「出来たよっと」

「おせー」

むっすりとした顔はもう見慣れたものなので、綱吉は気にせずに自分の牛乳を取りにキッチンに戻った。

やっぱり、牛乳は瓶だろ。

少しだけ冷たすぎるガラスの瓶を手に、いそいそとテーブルへつく。

「さん、ハイ!」

 

「「いただきます」」

 

微かに聞こえるすずめの泣き声に満足感を覚えながら、綱吉はもぐもぐとトーストを食べていた。

向かいでは、リボーンが新聞を読みながらコーヒーを啜っている。

最近は、この男の嗜好も段々と掴めてきた。

 

朝はトースト派。カリカリベーコン、スクランブルエッグ、サラダがついているのは当たり前。

飲み物は必ずエスプレッソ。淹れ方にもうるさく、初めの頃はかなり嫌味を言われた。

 

(前は、想像もしなかったな)

 

こんな風に誰かと、当たり前のように寝食を共にするなんて。

 

ニヤニヤと笑う綱吉をチラリと見て、リボーンは顔を顰めた。

「気持ち悪りー」

「うっせ!」

「飛ばすな」

 

 

 

「行って来ます」

「いってらっしゃい」

 

さて。

洗濯物でも干そうか。

 

うーんと伸びをした綱吉は、己が完璧に家政夫化したことに完璧気付いていない。

風呂場へ向かおうとして、ふとソファの上に投げ出されたネクタイに気付いた。

(あれ、コレって)

確か今日の撮影で使うとか何とかかんとか言ってなかったっけ?

 

ボーっと突っ立ってしばし考え込み、くるりとソファに背を向ける。

向かうは家主の部屋。

 

 

 

 

「お昼入りまーす」

へーいやらハイ!やら様々な返事が揃い、空気が緩んでいく。

控え室に戻るリボーンに、わらわらとスタッフたちがくっついてゆく。

「リボーンさん!今日はお昼、一緒ですからねー」

「皆で食べたらオイシイですよきっと!」

「あー」

「ウソッ、やったあ!今日はリボーンさんも一緒だって〜」

途端色めき経つ取り巻きたちの悲鳴をスルーしながら、リボーンはぼんやりとポケットに手を突っ込んだ。

「・・・・・・・・・・」

「あれっ、どうかしましたか?」

「・・・・・・・・・・いや」

しまった。

ソファの上に忘れてきた。

己の失態に舌打ちしそうになったが、何とか思いとどまる。

午後からの撮影は違うカメラマン担当だった。

以前仕事をした時に着けていたネクタイを覚えていて、今日のスーツにぜひ合わせたいと言われ、前日に念押しまでされたのだ。

(今から電話して、アイツに持ってきてもらうか)

家からここまでは一時間弱かかる。リボーンは時計を見た。

(・・・・・・・微妙だな)

取り合えずメールだと携帯を取り出す男の周りでは、手際よく昼食の準備がされてゆく。

「じゃあ、食べようか〜」

ハーイ、と言って各々が弁当に手をかけた時、

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・あのー」

 

その場の大半の人間は聞きなれない声に、その場では唯一の人物のみ聴き覚えがある声に、皆一斉に入り口のドアを見た。

 

 

 

(・・・・・・・いやいや、怖すぎるだろ)

ビシバシと突き刺さる視線を受け止めながら、綱吉は目当ての人物を探した。

なんだか上座に座っていたソイツは、普段あまり見せない間抜け面を晒している。

思わず吹き出しそうになったが慌てて堪える。たぶん、もっと白い目で見られるからだ。

意を決して口を開いた。

「あのー、これ、リボーンさんかスタッフさんに渡すよう頼まれました」

「君、誰?」

怪しむスタッフの一人にびくりと震えながらも、「警備員の甥です」と答えた。

「ちょうど遊びに来ていて、叔父に持っていくよう言われたので」

「誰から?」

「どっかのスタッフって言ってました。撮影に使うものらしいです」

真っ赤すぎる嘘だ。本当は、もう少し早い時間にこのビルに来ていた。

しかし、入り口で厳つい警備員にストップをかけられ体よく追い出されかけ、事務所のスタッフだと嘘をつき必死で事情を話し泣き落とし何とか強引に信じ込ませてスタジオを聞き出してきたのだ。

(あんなんがオジサンだったら怖えーよ)

だってブルドッグそっくりな人が本当に存在するとは思わなかった。

 

「午後組のやつらかな。直接持ってくりゃいいのに」

「はあ」

ぞんざいな口調に脱力し、紙袋を手渡す。

いぶかしむスタッフたちを他所に、綱吉は奥の人物に目を合わせた。

(お前・・・手間かけさせんなよ)

(うるせー、人間誰しも間違いはある)

(オレもんの凄く大変だったんだけど、ここまで来るの)

(まあ、ドンマイ)

(このヤロウ・・・・・・・・・・・!)

後で何かおごらせよう。

成功するかどうかは考えないことにし、アイコンタクトによる攻防を一瞬で終え、綱吉は「じゃあ、そういうことで」と立ち去ろうとした。

「あー、ありがとね」

「いえ」

止まっていた手たちが動き始め、弁当の蓋を開け始める。リボーンも携帯を戻し、昼食に取り掛かろうとした。

ドアを閉めようとして一瞬中を覗き込んだ綱吉は、その様子を見た途端、手をピタリと止めた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい」

 

誰も聞こえないその小さな声を、一人だけ聞きとがめた。一番遠くにいるはずの、声をかけられた本人。

綱吉は、怪訝な顔をした男を睨んだ。

「あれ、君まだいたの?」

あからさまに迷惑げなスタッフの一人の発言も、その時は聞こえていなかった。というかスルーした。

そして思わず叫んでいたのだ。考えるよりも先に。

 

「『いただきます』、だろ!挨拶はちゃんとしろ!」

 

 

 

あっ、やっちゃった。

 

 

思考回路はショート寸前。

悪いのはあの男だ。

大体、何であんな柄なんだよ。

青地にショッキングピンクのハートって。

(バカじゃねーの?)

(コケティッシュでいいだろ)

呆然としながらも目で会話する男。脱力する綱吉。

(バカってか、アホだ・・・)

綱吉は逃げることにした。

「失礼しました」

焦りながらも僅かな怒りをこめて、ドアを乱暴に閉めた。

 

 

小さな嵐が去って言った後、部屋には微妙な空気が流れていた。

「ていうか、あの子何?」

ぶつぶつと文句を言うスタッフたちと、鼻白んだモデル。

そういえば、家では普通に言っていたが。外では何も意識していなかった。

だって以前はそんな必要が無かった。言う相手も、居なかった。

 

パシン!と響いた大きな音に、皆一斉に振り向いた。

荘厳な雰囲気を纏った美人さんが、厳かに両手を合わせている。後光が差していた。

 

「いただきます。」

 

呆気に取られたスタッフたちを気にする風でもなく、いそいそと箸を割るリボーン。

後でメールしよう、と考えながら。

機嫌を損ねたら、元に戻すのに結構な時間が掛かるのだ。

(意外と根に持つタイプだからな)