一台の車が夜の住宅街を静かに走っていた。
それはやがて速度を落とし、あるアパートの前で止まる。
中から出てきた男は、アパートを見上げ溜息をついた。
その顔は煌々と輝く月の光によって作り出された影に覆い隠されている。
僅かな躊躇いの後、再び溜息をつき、中へと足を運んだ。
ドアベルが響き、綱吉は顔を上げた。
(・・・・・・くそ、後少しでクリア出来るのに!)
チラリと時計を見る。十時過ぎを指していた。
こんな時間に来るなんて、どうせ碌な人間じゃない。
無視してゲームを進めようと決意した時、
「客人はちゃんと応対しろ」
いきなり声をかけられた。
「うわああ!!」
思わず振り返った綱吉の前には、一人の男が立っていた。
全身黒スーツ。死神、と思った。
「お前が沢田綱吉か?」
沈黙で応える。
「コロネロから聞いて来た」
「!」
目を見開いた綱吉に、男は本日で何回目かの溜息を投げた。
「手伝ってほしいことが」
「イヤだ!」
いきなり叫んだ綱吉は、そのまま脱出を図ろうとした。が、襟首を捕まえられる。
「ぐえ!」
「逃げんな」
綱吉はテレビ画面に目をやった。「GAME OVER」の文字がデカデカと点滅している。
(・・・・・・・あああ、最悪だ・・・)
ソファでゆったりと寛ぐ様子は、初対面とも思えないほどだ。
(堂々とし過ぎなんだよ)
コーヒーを淹れながら心の中で舌打ちをする。
外見は全く違うが、飲み仲間の金髪男と何処となく似ている、と感じた。
「どーぞ」
「どーも」
自分の分の茶を持ち、向かいのソファに腰掛ける。
男は口に運んで、顔を顰めた。
「不味い」
「何とでも」
綱吉は澄ました顔だ。こういうのは不得手だし、あまり夜の珍客を歓迎する気にもなれない。
リボーンと名乗った目の前の男を改めて観察する。
長身で細身の男は、肌が白く瞳は黒い。顔は綺麗で、人形のようだ、と綱吉は思った。
だが、雰囲気は作り物のそれではなく、隙が無いように感じる。
そして気配を感じないながらも、この威圧感。 鋭い眼光。暗い焔を湛えている。ただモンじゃないな、と冷や汗を流した。
「早速だが」
「断る」
即答した綱吉を、リボーンは呆れたように見た。
「まだ何も言ってねえじゃねえか」
「何となくだ」
「・・・・・・・・連続殺人犯を捕まえたんだってな」
「アレは偶然だ。オレの力じゃない」
「『沢田は本物だ』とコロネロは言ってたぞ」
綱吉には、昔から人が見えない何かを視る力が有った。
『何か』、見えない力の奔流のカケラを掴む、本当に抽象的すぎるものだったし、本人に言わせれば「時々もの凄く
勘が当たる」というだけの話だ。
ある日、飲み屋で偶然出会い、それからちょくちょく一緒に飲むようになったコロネロという男が
仕事の愚痴を話した。
「俺、刑事やってんだけどな」
「へーそうだったんだ、以外ー」
「何に見えんだコラ」
「ヤクザ」
「・・・・・・・・」
「冗談だってば!無言で睨むなよ!めっちゃ怖いから!・・・・・・・そんで?」
「どーしても事件の犯人がわからん・・・・・」
言いながら、被害者が写っている写真を取り出した。 現在、殺人事件の被疑者を探している途中だった。
本来ならばそういう情報は一般の人間には出さないコロネロだが、相当酔っていたらしい。
自棄になっていたか、あるいは隣の人物がそうさせる何かを感じたのか。
ともあれ、写真を見た綱吉は、食い入るように見詰めた。
「あーあ、証拠もほとんど残ってないんだよなあ。このままじゃお蔵入りに」
「ねえ、コレ」
愚痴るコロネロの言葉を遮って、写真の中のある人物を指差す。
「犯人、コイツだよ」
被害者と共ににこやかに写っている男を指差した。
コロネロは仰天した。確か、幼馴染だと名乗っていた人物だ。
事情聴取の際にも快く協力してくれた事は記憶にも新しい。
「・・・・・・・・・・・・・冗談だろ」
「なんとなく」
「なんとなくかよ!」
コロネロは鳴り出した心臓を抑えた。
酒の席の冗談にしては、少々性質が悪すぎる。
だが、犯人を告げた時の確信に満ちた瞳が、どこか引っ掛かった。
翌日、同僚と男に会いに行き鎌をかけてみたところ、いきなり青褪め、震えながら泣いて謝りだした。
(ビンゴかよ!)
コロネロは驚きを隠せなかった。まさか本当に当たるとは思ってなかったからだ。
(なんでアイツ、わかったんだ)
脳裏に男の顔が浮かんだ。平凡な、どこか愛嬌のある顔が。
それから度々、コロネロは綱吉に協力を要請するようになった。もちろん個人的に、だが。
綱吉は嫌な顔一つせず自分の勘を適当に働かせていたのだが、ある日どうしてもと言われ連続殺人犯の捜査につき
合わされたのはさすがに疲れた。
およそ五日間拘束され、最後、現場で犯人に人質としてナイフを突きつけられた時には、頭の中を走馬灯が駆け巡った
ものだ。
(あの時、犯人が空の水道タンクに隠れていたのはわかってたのになあ)
ぼーっと突っ立っていた自分が悪いのはわかっているが、理性と感情は何時だって別物だ。
あれ以来、極力コロネロとは会わないようにしているものの、たまに飲まないかと電話が掛かってくる。
恐らくは飲みの席で綱吉に迷惑をかけたことを謝りたいのだろうが、未だ断っていた。
(まあ、そろそろ会わないと気まずいよなあ)
コロネロは全然悪くないしなあ、と綱吉が考えることに没頭していた傍で、リボーンがいきなりチョップをかました。
「いで!何すんだ!」
「意識を飛ばすな」
この目の前の男は、「手伝ってほしい」と言った。コロネロ同様刑事なのだろうか。
何にしろ、綱吉にとっては、偶々犯人の居場所や事件の発生を『何となくわかっちゃった』に過ぎないし、それは『予感』や
『予知』と言うにはあまりにもあやふや過ぎる勘みたいなものでしかないのだ。
「・・・・・・・・あの、大変言いにくいのですが・・・」
「何だ」
「オレはしがない日本人です」
「だから?」
「ほっといてくれよ!」
現在の綱吉の職業は、実はフリーターである。大学をやっとの思いで卒業した後コンビニ店員を何回か繰り返し、今回の
仕事場は大変に居心地のいいものであった。
(店長は優しいし、バイトのオンナノコも可愛いし)
ここで男の頼みを引き受けたら、この居心地良い環境が崩れる気がした。何となく。
「テメエがどれだけ素晴らしい超能力(ここで綱吉は思い切り首を横に振った)があるかは知らねえがな、こっちもどん詰
まってんだ。情けない話だが、藁にも縋る思いで来た」
そう言って、男は懐からいきなり突きつけた。 一丁の拳銃だ。
あまりの唐突さにぽかんと間抜けに口を開けた綱吉は、目の前の男が一瞬で詰め寄って顎に銃を当てるのを感じた。
「と言う訳だ、よろしくな」
「よろしくじゃねえええええ!!!」
勘弁してくれ。
綱吉は天を仰いだ。