組織が潜伏していたのは、礼拝堂の地下室だった。
結構な広さがあり、綱吉は感心した。入り口も巧妙に隠されていた。
綱吉が何となくの勘で椅子をずらしてパズルの様に移動させると壁から柱が現れ、さらにその中に埋め込まれたロックの
パネルにリボーンが数字を打ち込み進入したのだ。
入るのに手間が掛かるが、それ以上にテロリスト達は慎重さを重視している。
綱吉は緊張した。まだ油断は禁物だ。
リボーンは躊躇い無く廊下を進み、あるドアの前で立ち止まる。
「気配は一つだけ、だな」
そう呟き、いきなり足を引いた。
「ちょ、リボ」
ドガッ!!
綱吉の制止も虚しくドアを蹴り上げ、ずかずかと部屋に入って行く。
「もー・・・何かあったらどうすんのさ」
あまり心配していない口調で後から続いた綱吉だったが、リボーンともう一人の男が対峙しているのに気付き、僅かに
体を緊張させた。
「・・・・・久しぶりだな」
「ええ、お元気そうで何より」
一人の男が椅子に縛り付けられていた。
その男は、美人の類だった。
端正な顔は微笑で飾られており、リボーンとはどこか質の異なるような『喰えなさ』を持つ印象を与えた。
だが、一番気になったのは目と髪だ。瞳は髪の色と同様青み掛かっており、冷たい光を宿していた。
そして、髪の分け目がなぜかジグザグで、一見パイナップルに見える。
でも多分それを言ったら殺されるな、と綱吉は思った。
二人は淡々と言葉を紡いでいく。
「お前が捕まるとは思ってなかったぞ」
「僕でもミスはするんですよ」
「何か仕掛けたのか」
「そんな大げさな。ドジっちゃっただけですよ」
「狙いはなんだ?」
「しつこいですね」
「お前は元から組織には従うようなタマじゃない」
「ところでそちらの方は?」
意図的にかそうでないのか真意は測りかねたが、男は綱吉に視線を写した。
二人の間に流れる空気に圧迫されていた綱吉は、思わずびくりと体を動かした。
視線が絡む。
ゾクン!
綱吉は戦慄した。
先日、危うく死にそうになった時の事を思い出す。
あの時は命の危険を感じ、体からドッと汗が流れてきた。
また汗が流れている。だが、腹の底からじわじわと湧き上がる、この不快感は一体何なのか。
自分が、蛇に睨まれる蛙のようだ、と思った。
何となく、苦手だ。
沈黙を破ったのは男だった。
「初めまして、六道骸と申します」
「・・・・・・・・・・沢田、綱吉です」
「可愛らしい方ですね」
そういって微笑む六道骸の右目が、一瞬紅く染まった様に見えた。
再びの静寂を破ったのは、リボーンの舌打ちだった。
綱吉はこっそり息を吐いて、リボーンの方を見た。
六道が己から視線を外さないのを感じている。それでも、目を合わせる事はしない。
「おい、こっから出るぞ。連中に気付かれたら厄介だ」
言いながら六道の体を拘束している縄をナイフで裁ってゆく。
自由になった六道は、腕を鳴らしながら大きく伸びをした。
「あー、ありがとうございます。これでやっと動ける」
「さっさとズラかるぞ」
言いながらドアの方へと歩みだした。
綱吉もそれに続こうとして、次の瞬間、耳元で男の低い声色を感じた。
「なんちゃって」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまう。前に居るリボーンの顔を見た。表情は読めない。
後ろ手に拘束されながら、状況についていけずに、「あの、六道さん、放して下さい」と言ってみた。
何となく、無駄だろうと思ったが。
「テメエ、やっぱり裏切ったな」
「組織の仕事は遂行しましたよ」
あっけらかんと言い放つ六道に、リボーンは呆れた視線を投げかけた。
「どういう事!?」
「この機会に乗じてアルコバレーノを始末しようと思って、わざと捕まりました」
「あるこばれえの、」
首を傾げる綱吉をチラリと見て、リボーンは銃を構えた。
「そいつを放せ」
「気に入っちゃったんです」
耳に息を吹き込まれる。
「ひゃぁ」
思わず声が出た。
(情けないぞオレ!)
だが、今リボーンが撃ったら六道は躊躇い無く綱吉を盾にするだろう、と思った。
リボーンもそう思っているからこそ撃たないのだろう。
「連れて行きたい」
言いながら、耳の淵を生暖かいものが這った。
声の響きとその感触に、なぜか体の力が抜けていく。やばい、腰に力が入らない。
「うぁ」
がくん、と崩れ落ちかけた綱吉を、六道は支えた。
「敏感なんですね」
嬉しそうに言うところでは無い気がする、と思いながらも、綱吉は再び汗を滲ませていた。
背後に六道がいるだけで、こんなにも恐怖感が襲ってくるとは。
だが、それ以上に、目の前の男に竦み上がっていた。
初めて会った時でも、こんなに殺気立ってはいなかった気がする。
表情には何も浮かんではいないが、全身にどす黒いオーラを纏っている。
瞳の中には黒い業火がちらついているように見えた。
「あ、あの、リボーンさん?」
「ツナ、そいつを振り切れ」
(あ、名前、初めて)
「そうはさせません」
六道の腕の力が強まる。
膠着状態は、第三者達によって壊された。
ズゴオオン!!
いきなり壁が崩れ落ちた。
「「「!」」」
向こう側から、なにやら叫び声が聞こえる。
「ま、まさか・・・」
リボーンと目が合う。
「逃げるぞ」
三人は廊下を走っていた。
「しっかり掴まってて下さいね」
六道が言う側から、リボーンが腕の中の綱吉を奪った。
「ちょ、痛い!」
「うるせえ、それよりも次どこに行けばいいかわかるか」
「このまままっすぐ!」
後ろからは微かに怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、行き止まりだぞ」
「たぶんどっかに隠し出口がある!」
「綱吉君、こんな時に当てずっぽうですか」
六道が呆れたように非難した声を、リボーンは制した。
綱吉は意識を集中している。
どこだ、どこかに入り口に繋がる何かがあるはずだ。
(上?いや違うな)
壁でも無い気がする。
落ち着け。考えろ。
(あ、もしかして)
綱吉は一歩下がった。
そして。
「あー、あー、あー、」
「・・・・・・・・・・おい」
「あー、ドーレーミーファーソーラーシードー」
「何してんだ」
「ドーレーミー、ああオレ何で音痴なんだろ」
綱吉はリボーンの方を振り向いた。
「ねえ、440HzぴったりでCからオクターブまで出せる?音階で」
「・・・・・・・・・・ああ」
「ここに立って、やってほしいんだけど、いいかな」
『いいかな』と伺いを立てながらも、綱吉の目は『やれ』と言っている。
リボーンは声を出した。
「ドーレーミーファーソーラーシードー」
行き止まりだった壁が動き出す。上への階段へと繋がっていた。
六道は目を見開いて口を開けている。よっぽど驚いたのだろう。
「行こう、多分もうすぐ閉まるよ」
綱吉が促して、三人は階段を駆け上がった。
「何であんな無駄な仕掛けをしたんだろう」
「テロリストのボスが音楽好きらしいぞ」
「だからって・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・綱吉君、どうして」
「ああ、勘です」
綱吉は何でもないことのように答えた。六道は思考が止まったように表情を動かさない。
リボーンはニヤリと笑った。