冬の朝の空気は、身体の芯までも凍らせてゆく。

綱吉は手袋を持ってこればよかったな、と思いながら、両手に息をかけた。

数日前の出来事が、何年も前のことのように感じた。

 

 

 

あの後、何とテロリストのボスに遭遇してしまった。

綱吉は青褪めたが、残り二人は「任務にはなかったが、まあ潰してしまえ」みたいなことを言いながら嬉々として戦闘体制

に入り、ボスは十秒足らずで涙を流して両手を挙げた。

 

その後はよく覚えてない。

六道骸が何か言っていたような気もするし、リボーンがこちらに向かって駆けてきたような気もするが、それを認識する前

に綱吉は意識を放棄した。

疲れが一気に襲って倒れてしまったのだ。

 

 

目が覚めたら、自宅のベッドの上だった。

彼らが居た痕跡も、自分が日本を出たことも、あの脱出劇も、全部嘘のように消えていた。

だが、あの出来事は夢ではない。

リボーンとの出会いだって。

 

 

(なんか、あっけなかったな)

 

寂しいと思ってしまう自分がいるのがわかる。

バイトを休んでしまった分、今日から二週間ずっと入るように言われた。

溜息をつく。 はぁ、と白い息が出た。

 

(無事、だよな?)

 

朝の住宅街、この時間のこの路地は人通りも少ない。

喧騒とは隔離された別世界のようで、少しだけ妙な気持ちになった。

あの角を曲がれば大通りが見える。

駐車してある一台の車の横を通り過ぎようとした。

 

ガチャ、バタン。

 

ただそれだけの音を残して、車は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んむん!んむふんまむ!」

「成田へ頼む」

冬の朝の清々しい空気から一転した、独特のにおいのする空間の中。

口に当たる感触は、人の手のひらだ。

真っ暗で何も見えない、目も塞がれている。

だが、一体誰がこんなことを、とは思わなかった。

声にも心当たりがあったし、何よりも勘が彼だと告げている。

「ふむ!」

「おお、悪い」

ちっとも悪いと思ってない風におどけた口調で囁いた男は、綱吉を拘束していた両手を放した。

「おい、どういうつもりだよ!」

「まあまあ」

「まあまあ、じゃない!」

綱吉は憤りを隠せなかった。

こんな拉致まがいの事をしたということよりも。

「勝手に消えるな!」

リボーンは一瞬目を見開いた。

「・・・・・そっち、か」

「そっちだ!」

目の前の男を睨みつけたまま、言葉が止まらない。

 

「勝手に出てきて勝手に消えて、こっちの都合はお構い無しで、あんなに危険な目にあったのにアンタは飄々としてるし、

連絡先わかんないから無事かどうかもわかんないし、何となく無事かなとは思ったけどやっぱり気になるし、でも結局どう

したらいいかわかんないし!バカヤロウ!!」

一気に捲くし立てたせいで、最後は息が切れてゼイゼイ言ってしまった。

男は無表情だ。心底ムカついた。

 

「無事で、よかったよ」

 

吐き捨てるように言ったつもりが、子供が拗ねたような口調になってしまった。

でも、これは、本音だ。

 

「じゃあ、はい、降ろして!」

「何で」

「なんで、って・・・」

何言ってんのこいつ。

飄々とした態度を崩さない男に、さらにムカムカする。

「とりあえず、付いて来い」

「なんでそんな勝手なんだよ!」

自分のペースを乱されてるのが嫌でイライラするのか、そのことに安心する自分にイライラするのかわからなかった。

 

「聞け、ツナ」

綱吉はリボーンの目を見た。視線が交差する。

それで、綱吉はイライラが急に静かになっていくのを感じた。

不思議な感覚だった。

 

 

リボーンは淡々と話し始めた。

「今回の任務は、日本の政府筋からの依頼だったんだがな」

「ふうん」

「俺は元々フリーで動いてる。これからイタリアへ行く」

「はあ」

「だから、お前を、スカウトしに来た」

「へえ・・・・・、へ!?何が?」

「だから、お前を、スカウトしに来た」

「いや、二回言っても『だから』の意味がわかんないよ!大体、スカウトって、何の・・・・・」

「殺し屋だ」

綱吉は全身にもの凄い衝撃を受けたまま、押し黙った。

こいつ、正気か?

リボーンは未だ飄々とした態度だ。どこかニヤついたように感じるのは、気のせいなんかじゃないはずだった。

「まあそれは言い過ぎかもな。俺も、殺しの依頼はそんなに受けねえ。大抵工作員やら救出作業やらだが。俺の本職は

そっちなもんで」

「嫌だ!」

思わず叫んだ。

「人を殺すなんて、ダメだ!」

「じゃあ、辞める」

「・・・・・・・・・・・・・・は」

あまりにもあっさりした男の返答に、思わずぽかんと目を見開いた。

「じゃあ」って何だ、「じゃあ」って。

「殺し屋は辞める。他の仕事でやってく」

「お、お前、そんな簡単に・・・・」

「テメエが言ったんだろ」

「いや、そうなんだけど」

何でそこでオレに決定権を与えるんだよ!

綱吉は、リボーンの考えていることが全然わからなかった。

「で、どうする」

「何が」

「俺と一緒に来るのか、来ないのか」

ここに来て初めて、リボーンの目が真剣になった気がした。

綱吉は、無意識に居住まいを正した。

 

 

多分、ここでの返答によって、オレの人生は180度変わるだろう。

そんなの、勘じゃなくてもわかる。

目の前の男は、これからのオレの人生に必要なヤツなのだろうか。

それは、自分の勘を信じるしかない。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ああ!」

「どうした、忘れ物か」

「店長に、電話しなきゃ・・・・!忘れてた!」

「ああ、それならもうしといたぞ、『沢田綱吉は一身上の都合で出国する』って言っておいた」

「!!!お、おまえ・・・・・いや、もういい、何も喋るな!」

(結局思う壺だよ!)

綱吉は考えるのが面倒になって、思考を放棄した。

「で、どうなんだ。早く言え」

ここまで手回ししといて、『早く言え』も何もあったもんじゃない。

だが、目の前の男の若干焦った顔が見れただけでも、十分な報酬かもしれない、と綱吉はくすりと笑った。

リボーンの片眉がぴくりと動いた。だが、綱吉は気にせず笑顔を向けた。

 

「よろしく、リボーン」

「・・・・・ああ」

 

二人は、がし、と握手を交わした。

その時のリボーンの表情が、ほんの一瞬だけ、本当に嬉しそうに見えたので、綱吉は思わず息を呑んだのだった。