沢田綱吉、高校三年生。
10月14日生まれ、A型。
趣味はゲームのひたすらインドア。
特徴は全体的に醸し出されたドンマイ的なオーラと、ツンと立った髪、その色と同じ瞳。
好きな人、同じクラスの笹川京子。超絶にカワイイ。

嫌いな人。






「・・・・・・げ」
「フン」

階段の踊り場で出会ったのは、一つ下の後輩だった。
入学当初から注目度ナンバーワンの彼は、イタリアの帰国子女。
いつも笑みを湛えた顔は、男女問わず視線を集めていた。

だが、綱吉は彼が苦手だった。
男は見た目よりも少しだけお茶目で、少しだけ悪ふざけが過ぎ、そしてそれはふとした事で知り合った綱吉に向けられたからだ。
自分に構う理由を直接聞いたことは無かったが、人づてに聞いた『良いオモチャだぞ』という発言に、愕然としたのは大分前の話だ。
あ、オレ、こいつダメだ、と思ったのは、高校二年の冬。
正月休みに偶然彼と出会い、紆余曲折後、なぜかパンツ一丁姿で川で溺れていた。しかもそれを大好きな笹川京子に見られた。
「ツナ君て、変わってるのね」と笑顔で、どこか可哀想な目で見られた寒空の下、綱吉は思った。
このクソ生意気な後輩には、もう二度と近付かない。遇っても口利かない。決めた。



「今日は金魚のフンじゃねーんだな」
揶揄る口調に、思わずカッとなった。
いつも一緒につるんでいる獄寺と山本は、今は傍に居なかった。
(ダメだ、ダメだ!コイツのペースに巻き込まれちゃ!)
「・・・」
無視して通り過ぎようとした綱吉に、リボーンは片眉を動かした。
「・・・・・・・なんでついてくんの」
「自意識過剰。俺もこっちに用があるんだ」
(む、・・・・っかつくー!)
綱吉は歩調を速めたが、軽々とリボーンに追い抜かれた。
「コンパスの差」
振り向き様、ニヤリと笑った嫌味な横顔が、綱吉の血圧を更に上げた。
(年下の、クセに!生意気過ぎる・・・!)
怒りで更に髪の毛が逆立つ様子は、まるで猫。

まあ、そんな感じの仲だった。

ある生徒は言う。
「あの二人って、水と油みたい」
相反する人格容姿諸々。澄み切った水は美しい彼へ、どんよりと濁った油は可哀想な彼への言葉だった。


水と油に石鹸は投入されるのだろうか?







『ダメツナ』の異名を持つ綱吉は、そのオーラ故かよく絡まれたりもする。
「おいテメー、人にぶつかって謝りもしねーのかよ?」
「だ、あ、な、」
「はぁ?なに言ってんのか全然わかんねえ」
人通りの少ない商店街の路地裏、いつもならあまり通らない。
本当に、たまたま、だったのです。通ったのもぼおっとしてたのも運悪く肩が当たったのも!
(だ、だ、誰か)
目が合っても勢いよく逸らされる。世知辛い世の中だ、と綱吉は現実を知った。
目の前でニヤニヤと笑う男は、かなり上背がある。綱吉は平均よりも低めの身長を、さらに縮こませた。
(だれか、お助け・・・!)

その時、視界の端に見慣れた姿を捉えた。
リボーンは一人だった。コーラを呑みながら、ポケットに片手を突っ込んで悠々と歩いていた。
目が合う。
綱吉は咄嗟に逸らした。
どろり、としたものが胸に染みをつくった。
情けない場面を、一番見られたくないヤツに見られた。

(―――――、も、やだ)

「まあここで会ったのも何かの縁だ、大人しく金とかブッ!!?」
饒舌に、ご機嫌に喋りながら綱吉の襟を鷲掴んでいた男は、いきなり吹き出し、手を緩めた。
中身を迸らせながら突然に飛んできた、コーラの缶によって頭を直撃され。

その僅かな隙を狙って綱吉はするりと逃げ出した。
「・・・・って、誰だコラァ!っておい!逃げんじゃねえー!」
喚く男の叫び声を背に、綱吉は全速力で走っていた。

振り返らなかった。振り返れなかった。
何だか、泣きそうだった。








「お」
「!」
次の日の放課後。
教室で補習のプリントをやっつけていた綱吉は、廊下を通りかかった人物を見るや否や顔を引き攣らせた。
夕陽に照らされた端整な顔は、綱吉にとっては今最も見たくないものだった。
「まーた補習か。よくやるよな」
「うっさい」
ぼそりと呟いて、綱吉は机に視線を落とした。
シャーペンを握りなおして手元のプリントを見つめるが、数式はちっとも頭に入ってこなかった。

どうしよう。

お礼、とか、言ったほうがいいのかな。

いやでも、別に、何も言ってこないし。

どうしよ。


「止まってんぞ」
「ギャス!」

唐突に声が近くで響き、綱吉は驚いて妙な声を出した。
いつの間にか、リボーンが後ろにいた。
「な、なんだよ」
机に向かったまま、綱吉は声を出した。何だか、もの凄く据わりが悪い。何か喋らないと、と思い、だが言葉は見つからなかった。

「細せー」

低い呟きはしっかりと綱吉の耳に入り、それが自分を指すのだと気付く前に、相手は言葉を紡いだ。
「そんなんだから絡まれんだぞ。情けね」
むか。
「別に、お前には関係ないじゃん」
「あんくらい、自分でなんとかするもんだぞ」
「いつもだったら逃げ切れるし」
「馬鹿みたいに口開けて歩いてるから絡まれんだ」
「見てたの!?」
思わず振り向く。
静かに佇んでいる男は思ったよりも近くにいて、少しだけ息を呑んだ。
「ハ。ダメツナめ」
小馬鹿にした笑いが神経をちくちくと刺激する。
「うっさい、黙れ!」
「『うっさい、黙れ!』」
真似る男に更に逆上する。
「小学生かよ!」
「『小学生かよ!』」
「マジむかつく・・・・・!」
「『マジむかつく』ー」
「とししたの、くせに・・・・・・・!」
「年下だからなんだってんだ」
「な、生意気なんだよ、そもそも、敬語で喋れよ!」
「何でテメーを敬わなきゃなんねーんだ」
「年上だからだ!ジョーシキ!あームカつく!早く卒業してえ」

ふいに黙り込んだリボーンを、綱吉はいぶかしんだ。

リボーンはよくわからない、表情をしていた。
「お前、志望大学決まってんのか」
「何でそんなこと言わなきゃいけないんだよ」
再び、綱吉は机に向かった。
進路については、現在、担任と面談中だった。今のレベルで受かる大学を週に二回、二人で必死に探している途中だ。
バレたら、さらにからかわれるに違いなかった。

「オレは忙しいの、お前、もうどっか行け」
負け惜しみじみてるのは、どうせ毎度の事だ。
綱吉は溜息を吐き出すように呟くと、シャーペンを握りなおした。
そろそろ本格的に取り掛からないと、また明日も補習だ。獄寺と山本と、三人で勉強する約束がパアになる。


「教えてくれないんですか、先輩」

「え、」

いきなり耳元で聞こえた声に、思考が止まる。
掴まれた腕、ぐいと強く引かれた体、そしていきなりの暗闇。

ガヂン、と金属的な音を響かせ、世界は暗転した。






「ちょ!おい!何!?何してんの!?」
「静かにしないと、人がくるぞ」
「いや来て欲しい!むしろ!」
綱吉は、ほぼ真後ろにあった掃除用具入れのロッカーに引きずり込まれたのだ。
背中に、数本しかない箒の柄が当たって痛い。独特のツンとした匂いが鼻につき、思わず顔を顰めた。
でも出れない。全く見えないが、感触でわかる。明らかに体を体で押さえつけられているし、両腕も拘束されていた。顔も何かに押しつぶされているということは、おそらく相手の胸辺りとぶつかっているに違いないと思った。身長差を感じて、一層眉根を寄せた。ムカつく。
「ね、マジでちょっと意味わからん」
相手の体のせいで上手く喋れず、もごもごと不明瞭な言葉になった。

(これは、アレだろうか)

(嫌がらせと言うより、イジメ?)


脳裏に浮かんだのは、『ダメツナ、後輩に暴行される!』の派手な見出しと、一面に情けない顔で倒れた自分とそれを足蹴に満足げな顔をしているリボーンの顔がドドンと掲載されているスポーツ新聞だった。こんな状況でも想像力が意外に豊かな自分に少しだけ感心し、次に(違うだろ!)と自分にツッコミを入れた。
とりあえず此処を出たい!

「リボーン、出せよ!」
「センパイが志望大学、教えてくれたら出します」
「なんで、」
頭の上から聞こえる声は、明らかにこの状況を楽しんでいるのが丸わかりだ。
「こんな時だけ後輩ヅラしやがって・・・!卑怯モン!」
「今回は誰も助けてくれませんね」
「!」
(何でこんな目に・・・・・!)
押さえつけられながら、手首の下の辺りを指でなぞられて、鳥肌がたった。
相手の体が離れ、無意識に深く息を吸ったが、埃っぽさに思わずむせた。
「、ゴホッ、うげ、」
「大丈夫ですか?」
笑う声が耳元で響くのはいただけない。鳥肌は未だ止まず、だ。
慣れない敬語は、いざ使われると背筋に何かが走りぬけた。
やっぱりコイツは普段どおりで十分だ。てか、関わらないほうがいい、と綱吉が考えたところで、いきなり足の間に割り込んできた太腿らしきものに「ギャアア!」と悲鳴を上げた。
「ちょっと!当たってる当たってる!」
「どうしたんですか」
しれっとした声が狭い空間に響いた。
その声色とは正反対に、膝が股間を圧迫し続ける。非常に考えたくなかったが、このままだと、とても大変なことになりそうな気がした。
「あの、もういい加減やめてほしい・・・、っ」
妙な汗が体から出ている。
いや、オレは決して声が上擦ってたりなんかしてない。
決して息が上がってたりなんかしてない。
綱吉は、必死で自分に言い聞かせていた。

自分の浅い息遣いが響いて耳に入るたび、羞恥心で体温が上昇していく。
両腕を片手で一つ纏めにされ、片手で顎を押さえられ、膝での股間攻撃は止まず、恐らく口でこめかみ辺りの髪を引っ張られ、綱吉は限界を感じた。
押さえられながらも、指でゆっくりと肌をなぞられるのが、本当にもう、だめだった。
「ぅ、ふぅ」
「ツナ、先輩」
笑いを含んだ声が、目の前で聞こえる。息が、瞼にかかった。
そして。

「硬くなってますよ」

むんず、と大事なところを掴まれた時、メーターは振り切れた。



「うぎゃぁあぁぁああああああああ!!!」

「うお、」



ズガゴシャァバゴォッ!!


やたら派手な音を立てて、再び世界は変わった。










「もーバカ!最低!死ね!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お前のせいだからな!どーにかしろ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

有り得ないことは有り得ない、とは、どこかの誰かが使った言葉だ。

綱吉が思い切り叫んでリボーンを突き飛ばしたが、その後ろにはロッカーの扉があったはずだった。
しかし不幸な偶然は重なるもので、なぜか扉は開け破られなかった。
閉まったまま、そして中からもの凄い力を加えられた金属の箱は、あろうことかそのまま倒れた。
扉を下にして。


「出られないじゃん・・・!どーすんのホントこれ・・・」
仰向けになっているリボーンの上にうつぶせに乗っかりながら、綱吉は絶望に浸っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ何とかなるだろ」
「ならねーよコレ!下手したらここで一晩過ごす羽目になるよ!」
「お前、やれば出来るんだな」
場違いに、心底感心した呑気な声が響き、綱吉は自分の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。

「おい」
「・・・・・・・・なんだ」
「ごめんなさい、は」
「はぁ?何で俺がそんな」
「ごめんなさい、は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」
「ダメだ、何の気休めにもならねー」
「試しに謝らせてんじゃねえぞ」
耳を引っ張られたが、その腕を思い切り抓り返した。



少しでも体を離そうと腕に力を込めて体を浮かせようとしたが、すぐに力尽きた。結果、ぐったりと体を預けている。
狭い空間の中、舞い散る埃を避けるために、下敷きにしている体に口を当てて呼吸をするのが、心の底から悔しかった。涎でも付けてやろうかと思った。てかちょっと付けた。


謝ろう、とか、ありがとう、とか、少しだけ浮かんだはずの感謝の言葉は、もうキレイさっぱり消えていた。


背に回った温もりに気付かぬまま、綱吉はちょっとだけ泣いた。