※人によっては気持ち悪いと思うかもしれないです。それでも良いとおっしゃる方はどうぞ。

 

 

最近、沢田綱吉は視線を感じていた。

それは、本当にふとした時に感じるものであり、例えば大学に向かう途中であったり、休みの日にぶらりと住宅街を

歩いている時であったり、部屋でゲームをしたりなどしている時であったり、本当に何気なく感じるものであった。

初めは気のせいだろうと思っていたが、視線を感じて後ろを振り返った瞬間に足音がしたり、部屋の窓に小石がぶつ

かって慌てて階下の外を見ても誰もいなかったり、無言電話がかかるようになったりと、だんだんとそれは度を増して

いった。

 

理由を考えても、全然思い当たる節は無い。

ストーカーの線はすぐに消去した。綱吉は、己をよく知っている、と自負している。

誰かに恨みを買うようなこともしていないはずだ。だが、最近はふとした事でキレやすい時世、と感じていたので、もしかし

たら何かしたのかもしれない、と薄ら寒い思いだった。

 

 

++

 

 

夜、綱吉は自宅へと急いでいた。

夜の道を歩く、それだけでも最近の彼自身を怯えさせるには十分な材料だった。

この季節の夜は中途半端に寒く、肌が粟立つのがわかる。

早く帰ろう、と自分に言い聞かせ、いっそう足を速めた。

 

カツ、カツン

 

「!」

 

綱吉は後ろを振り返った。

誰も居ない。

気のせいか、と深く溜息をつき、前を向いた。

 

カツ、カツ

 

気のせいなんかじゃない。

前を向いたまま、青褪めた。

足を速める。

 

カツ、カツ、カツ、

 

その足音は、綱吉の歩く速度に合わせて、だんだんと近づいてきた。

 

(――――――!)

 

思わず駆け出そうとした時、ガシッ、と腕を掴まれた。

 

「ぎゃああああ!!!すいません、ごめんなさいごめんなさいすいません!」

「・・・・・・沢田さん?」

「―――――!ご、獄寺君・・・」

 

同じ大学の、獄寺隼人が立っていた。

何度か授業が一緒になったことがある。直接話した事は無かったものの、獄寺は『編入してきた帰国子女』というキャッチ

フレーズの元に、彼の歩いた後ろ姿に引かれて女性の長蛇の列が出来るほど顔が美麗であり、また体つきは男らしく、

大学内では超がつくほどの有名人だった。

 

だが、まさか向こうが自分の名前を知っているとは、夢にも思わない。

(ま、まさか、獄寺君に何か恨みを買うようなことを・・・・)

「沢田さん?」

再び問いかけてきた獄寺に反応して、綱吉は震えながら一歩後退した。

「ぎゃあ!ご、ごごごめんなさい!お金なら払います、あと少しでバイト先から給料もらえるから!」

「どうしたんですか、急に!?」

「・・・・・・・・あれ?」

獄寺は本当に驚いた様子で、こちらを見ている。 グレイと深緑が混ざった不思議な色合いの瞳が、己を貫いた。

 

 

 

 

「なるほど、そんな事が・・・・・」

「ご、ごめんね!オレ、勘違いしちゃって」

「いえ、俺も紛らわしい事をしてしまいましたから。後姿でもしかしたら、と思って、思わず近づいてしまって」

獄寺が来た方を向いた。消えかけそうになっている街灯が一つ、ぽつんと佇んでいた。

「よくわかったね・・・・」

「まあ、何となく」

はにかみながら笑う目の前の男の表情を、綱吉は信じられないといったように見詰めた。

大学内で度々目にする彼の顔は、常に無表情であったから。

「それにしても、沢田さんが俺の事を知っていて下さったのが意外でした」

「え!獄寺君、かなり有名だよ!どっちかって言うと、オレなんかの事を知ってるのが意外中の意外と言うか・・・」

「そうですか?沢田さん、結構目立ちますよ?」

「!」

もしや、『ダメツナ』として有名なのだろうか。

大学に入ってからは少々汚名返上が出来ていたつもりだっただけに、ショックは大きかった。

一人落ち込んでいる綱吉の腕を掴んだまま、獄寺は引っ張った。

「送ります」

「・・・・・・・え」

「家、どちらですか?」

「え、いいよ、別に!オレ男だし!」

「いえ、送らせてください」

何かあったら大変だし、と言ってそのまま歩き出す。

(オレ、あの獄寺君と話してるよ・・・)

雲の上の存在だと思っていただけに、こうやって傍にいるのが信じられない。

実際の彼は、綱吉の心配をしてくれる、優しい人だ。

綱吉はどこかくすぐったい気持ちになった。

「あ、次の角、右!」

「リョーカイです」

 

 

 

それから二人はよく話す様になった。

大抵は獄寺の方が先に綱吉に気付き、駆け寄る。

そんな光景が周りの学生には奇異に見えたようで、様々な憶測が飛び交った。

綱吉はその状況に終始びくついていたものだが、獄寺は全く意に介した様子は無く、綱吉の隣に並ぶのだった。

 

 

+++

 

 

溜息をついたのを隣の獄寺が聞きとがめる。

「どうかされましたか?」

「いや・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・今日も、また、ですか?」

「・・・・・・・今日は手紙だった」

朝、郵便受けの中に入っていた綱吉宛の手紙には、剃刀入りというオプション付きで、紙一面に『ダメツナ』とびっしり

書いてあった。

 

最近、嫌がらせはエスカレートしてきている。構内を歩いていて上から水を掛けられたのは、今週に入って二回あった。

無言電話は一日に三十件にまで増えた。携帯電話の方にかかってくることを思えば、少しはマシなのだろうか。

「まあ、そのうち止むよね!オレなんかに構ってるのも無益だって気付くだろうし」

無理矢理の笑顔をつくった綱吉を、獄寺は心配そうに見詰め、怒りを含んだ目で憤った。

「何で、沢田さんがこんな目に・・・・・!」

獄寺は綱吉の両手をガシリと握り締め、「俺が沢田さんをお守りします!」と熱っぽい声で囁いた。

「あ、ありがとう・・・?」

どう返していいのかわからずにしばらく見詰め合ってしまったのだが、ふと思いついて綱吉は尋ねた。

「そういえば、獄寺君今夜暇?」

「!、ひ、暇です!全然暇です」

「母さんに獄寺君のこと話したら、家にぜひ来てほしいって言ってて。狭い家だけど、もし良ければ泊まってかない?」

「――――!」

急に停止した獄寺を、綱吉は訝しげに見詰めた。

(・・・・・あ、もしかして、嫌だった?)

「ごめん、急に、嫌だったら無理に」

「全然嫌じゃないです!ぜひ、と、と、泊まらせてください!」

獄寺が本当に嬉しそうに微笑んだので、綱吉もつられて笑った。

 

ぐしゃり、何かが潰れるような音が聞こえ、後ろを振り向いた。

だが、誰もいなかった。潰れた空き缶が転がっているだけだった。

綱吉は何か予感めいたものを感じた。 それが解決の糸口であればいいのだが。

そう思っても、不安は拭い去れなかった。

 

 

++++

 

 

女は、明け方の住宅街を足音も立てずひっそりと歩いていた。

この時間帯は新聞配達員が通るのみ、それ以外の人影は見当たらない。

自分の手元を見やる。小さなビニール袋が縛られていた。

女は、くふ、と笑った。中には鳥の死骸が入っている。

 

これを、アイツの家の郵便受けに入れたら、アイツはどんな顔をするのだろうか。

怒るか、それとも不快さに顔を歪ませるか、どちらにしろ嫌な思いをするのは間違いない。

でも、私は悪くない。悪いのは、あの人に近づいたアイツだ。アイツが全部悪いんだ。

私には向けない笑顔を、簡単に手に入れたアイツが。

 

家の前に着いた。「沢田」と表札が掛かっている。

郵便受けの中に袋を入れようと、手を掛けた。

 

 

「何してんだ」

 

 

女は予期せぬ声にびくりと震えた。

この声は、誰の声だったろうか。愛しい彼の声だ。

ゆっくりと顔を上げると、玄関の前に獄寺隼人が立っていた。

あまりの衝撃に、女は目を見開いたまま、動くことが出来なかった。

「獄寺君!」

横から綱吉が顔を出す。獄寺を見、次いで女の方を見た。

「・・・・・・この人が?」

「ええ。これを入れようと」

女の方に歩み寄り、無造作に腕を掴んだ。女は再び小さく震えたが、抵抗はしなかった。

「一体、なんで」

「顔を見たことがあります。俺を取り巻いていた一人、だったと思います」

獄寺が苦々しげに吐き捨てる。その声を聞いて、女は奇声を上げた。

二人が思わず女を凝視する。女は目をカッと見開いた。その目は赤く血走っていた。

「アタシが悪いんじゃない!ダメツナが、ダメツナなんかが!どうして!アタシの方が好きなのに!

隼人のこと愛してるのに!」

いきなり叫びだした女の腕を放し、獄寺は呟いた。

「イカレ女め」

「獄寺君、そんな言い方」

綱吉が咄嗟に反応したが、その声は女の表情に圧倒され飲み込まれた。

女は笑っていた。引き攣るような気持ち悪い微笑みだった。

そして、いきなりコートのポケットからナイフを取り出し、自身の首筋に当てた。

「!」

綱吉は息を呑んだ。思わず駆け寄ろうとした、が、「来ないで!」と叫んだ声に阻まれた。

「死んでやる!後悔すればいい、隼人も、沢田も」

どうしよう。綱吉は考えた。が、身体は動かない。

背筋に冷たい汗が流れた。

 

 

緊迫した空気を一瞬で破ったのは、獄寺の声だった。

「沢田さん、中に入りましょう。風邪をひきますよ」

「・・・・・・・え」

女は呆然とした顔で獄寺を見ている。綱吉も同様だった。

だが、獄寺は女が見えていないかのように振舞った。

「獄寺君」

綱吉は非難の目つきで彼を見た。一体どういうつもりなのか。

「俺が何とかします。俺のせいみたいですから」

「そんなことない」

「沢田さんは中に入っていてください」

有無を言わせぬ物言いに口を噤みながらも、綱吉は不安げに獄寺を見た。

獄寺が、ふ、と笑う。

「大丈夫です」

「・・・・・・うん」

気持ちが少し落ち着いてきた。獄寺が大丈夫と言った言葉を、信じてみよう。

綱吉は家の中に入った。

 

 

 

 

 

バタン、とドアが閉まる音が響く。

獄寺は、ゆっくりと女の方に向き直った。

それだけの仕草で、女は圧倒され、一歩後退した。

「来ないで」

先ほどの覇気はなく、声が震えている。

だが、それに構う事無く、獄寺は無造作に歩み寄った。

女の顎を、ガッと掴む。

「ひぃぃ!」

ぎり、と手に力を込め、獄寺は女に顔を寄せた。

全身の力は抜けていた。カラン、とナイフが落ちた音がした。

「身の程知らずもいいところだな、沢田さんに手を出すなんて」

静かに呟いた目の前の男に対し、女は恐怖心しか見出すことが出来なかった。

その瞳には純粋な怒りと言うには暗すぎる何かがあった。

どうしようもなく焦がれ、少しでも近付きたい、傍にいたいと思っていた存在が目の前にいるというのに、今はただ逃げ

出したい衝動に駆られている。

獄寺は女の顔を横に振り投げた。

どさり、と倒れる。 その背を踏みつけ、女の髪を思い切り鷲掴んだ。

うう、と、下からうめき声が聞こえた。

「もうあの人に、俺達に近づくな」

わかったか?

そう言いながら、傍に落ちていたナイフを拾う。

女は目を見開いて、痙攣した。

「いや、許して、」

 

ザクリ。

 

乾いた音を立て、ナイフは地に落ちた。

 

 

+++++

 

 

玄関の方に気配を感じ、台所にいた綱吉は立ち上がった。

「獄寺君、大丈夫だった!?」

足早に駆け寄る。

「ええ、何とか。あの女も帰りました」

「・・・・・ありがとう」

綱吉は安堵の笑みを浮かべた。心から安心しているようだった。

その顔を見て、獄寺も微笑んだ。

 

昨夜、泊まることになり、部屋でダベっていた二人だったが、獄寺が「犯人を捕まえよう」と言い出した。

綱吉は危ないからやめた方がいいのではという気持ちもあったのだが、もう終わりにしたいという思いのほうが強かった。

それで、二人で早朝から入り口を見張っていたのだ。

 

「獄寺君のおかげだよ、本当にありがとう」

綱吉は、目を潤ませながら、感謝の気持ちを表した。

獄寺は一瞬息を呑み、「いえ、」と呟いた。

 

「沢田さんがご無事で、本当に良かったです」

 

そう言いながら、綱吉の頬を手のひらでそっと包む。

ぬくもりに触れながら、綱吉は久しぶりの安らぎに身を委ねていた。

 

 

++++++

 

 

獄寺隼人は、自宅の玄関の戸を開けた。

最近から住んでいるこの部屋は防音になっており、趣味のピアノがいつでも弾けるようになっている。

今度、沢田さんを呼んでみようか。ふと思った。今朝の事で、己に対する信頼はより強くなった、という確信があった。

 

シャワーを浴びようと、服を脱いだ。自分の腕に目をやる。いつの間にか、爪あとが赤く滲んでいた。

女が恐怖のあまりに獄寺の腕を掴んだときに出来たものだった。

 

獄寺は舌打ちをした。あの時、脅しのつもりで髪を切ったのは失敗だったか。

いや、まあいい。これでもうアイツは目の前に現れることもないだろう。沢田さんに手を出すからこうなるのだ。

自業自得だ。

 

風呂に入り、ノズルを回す。上から落ちてくる温もりを体中に受けながら、獄寺は止め処なく考え続けた。

 

それにしても。

 

あの女がタイミングよく現れてくれたおかげで、全ての罪を被せることが出来た。

幸い、沢田さんは忘れているようだ。俺と出会う以前にも、無言電話などがあったことを。

一緒に行動するようになってからも、もっと声が聞きたくて無言電話をかけてしまう頻度が多くなってしまったのが

ミスだったが。

だが、もうあんな事をする必要は無くなった。 もう『犯人』は掴まった。これからは、表立った行動は慎むべきだ。

その上、あの人と話せるようになったし、何より、信頼も得ることが出来た。

ようやく、話すのにも目を合わせるのにも慣れてきたのだ。少し油断すると、声が上擦ってしまう。顔が紅潮しないよう

努めるのも、手が震えるのも、抑えるのが大変だった。

それに、夕べ泊まったことによって、かなりの収穫を得た。

寝顔の写真や寝息の録音はもちろん、部屋にカメラを仕掛けた。

携帯には盗聴器とGPS発信機をつけたので、これで居場所がすぐにわかる。

 

 

手のひらを見やる。今朝触れた温もり、感触が蘇ってくるようだった。

 

あの、潤んだ琥珀色の目。あれを見るだけで、己の全神経が反応し、高ぶりを抑えることが出来なくなる。

あの時、彼の全身を撫で回し、しゃぶり尽くし、啼かせたい衝動に駆られた。

だが、そんな事をしたら、今までの努力が水泡に帰す。それだけは避けたかった。

ゆっくり、事を運ばねば。彼の人がこの手に堕ちて来るまで、周到に周りを固めないといけない。

それまでは、焦りは禁物だ。

 

手を自分の股間に当てた。そのまま上下に扱いていく。

綱吉の頬の温もりを思い出し、まるで彼が自分の股間に頬擦りをしているかのように錯覚した。

それだけで、一気に熱が集中する。

 

潤んだ琥珀色の瞳、白く柔らかなまろい頬、僅かに覗いていた赤い舌。全て扇情的だった。

 

「う、」

手のひらにぶちまけられた白濁の液を見ながら、浅く呼吸を繰り返す。

愛しい人の顔に塗り付けたい、と思った。

 

『獄寺君』

 

あの人の声が耳の奥で響いた。優しく、温かな声だ。

獄寺は、幸せそうに微笑んだ。