突然、教室内が、ざわ、となった。
生徒も父母の面々も教師も(この時間は、若き女教師が担当する国語だった)、皆教室の後方のドアをガラッと開けた
一人の男に注目していた。
センスの良いブランドのスーツに身を包み、無駄のない優雅な動きで教室の隅に移動した美麗な男は、無言で前を
見据えた。
正確には、顔面蒼白な沢田綱吉を見据えた。
綱吉はめっちゃ焦った。
(夕べ仕事が入ったからやっぱ行けないって言ってたのに!!!)
行けないと告げられたとき、どこか少し寂しいとは感じたものの、やはり安堵感の方が大きかった。
一応勉強はしたものの、カッコ悪いところはあまり見られたくないと思ったからだ。
なのに、なぜ!
「じゃ、じゃあ、次のところを・・・」
教師が急にどもりだす。頬は赤く染まり、明らかにリボーンを意識していた。
クラス中の女子も色めき立っている。
「沢田君、読んでください」
がたん!と椅子の倒れる音がした。
綱吉が真横に椅子ごと倒れた音だ。
周りの生徒に「ダメツナー」と冷やかされながら、綱吉は緊張して立ち上がった。
(大丈夫、昨日、ちゃんと予習したから)
読めない言葉はないはずだ。 たどたどしくも、しっかり朗読をした。
「はい、よく出来ました。予習してきたの?偉いわね」
教師が珍しく綱吉を褒めた。
おそらく、リボーンを意識しての言動だ、と綱吉は推測した。
綱吉の両親が亡くなったこと、そして綱吉とリボーンの関係は、校長、教頭と担任しか知らない。
『被後見人に媚びる』と言うよりも、『目の前の素敵な人に少しでも教師らしさをアピール』といったところだろう。
げんなりしたが、とりあえずもう当たることはないだろう、と、ほっと席に着こうとした。が。
「じゃあついでに、この問題も解いてもらおうかしら」と言われたとき、本気で泣きそうになった。もう勘弁してくれ!
リボーンはほとんど瞬きもせずに、綱吉を見ている。
それに気付いた女生徒達が、(((いいな、私も当てられたいー)))とほぼ同時に思った。
「プリントの、問2の答え、わかる?選択式だから解きやすいとは思うわ」
「ま、しょせんダメツナだしな!」
「間違っても大丈夫だってー!」
周りの生徒たちは、茶々を入れながらもフォローしてくれた。
綱吉の体の力がふっと抜ける。
(そうだ、別に当たることなんて今まで一度もなかったんだから、自分の思うやつを答えればいいんだ)
綱吉は問題を見た。何となく、これかな、と思った。
「・・・・・・・ウ、ですか?」
「正解!」
おおお、すげえー!めずらしいなー!と、褒めてるのか褒めてないのかよくわからないが、歓声が上がった。
綱吉はほっとして、今度こそ席に着いた。
空気がふ、と変わるのを感じた。
(今、リボーン笑ってる)
綱吉は前を見ながら思った。
授業後、簡単なHRの後、生徒たちは親のところへ向かっていった。
叱られてるやつや褒められてるやつ、色々だなあと思いながら、綱吉はリボーンのところへ歩いていった。
(((え、あの超カッコイイ人って、ダメツナの親!?)))と、クラス中の生徒が見守っていた。
「ちゃおッス」「おっす」
二人はいつも通りの挨拶を交わした。つまり、ほっぺにキス。
「「「「!!!!!!!」」」」
教室にいる全員が、思わず目を疑った。
一部の女子は、顔を紅潮させ、何やら興奮した叫び声を上げている。
なぜか一部から黒々とした殺気オーラが飛んでいた。
リボーンは周りを見渡した。あわてて皆視線を逸らす。
「こんなとこじゃ、碌に話もできねーな、帰るぞ」
「え、」
あっと言う間にリボーンは出口に向かっていた。
綱吉は「ちょっと待って!」と言いながら、慌てて鞄を取りに戻った。
「ツナ!」「沢田さん!」
呼ばれて振り返った。山本武と獄寺隼人だ。
二人は、『ダメツナ』な自分と友達でいてくれる、とても奇特な存在だった。
「もう帰んの?」
「うん、今日は、家族と帰るね」
ふーん、と言いながら、山本は変な顔をした。
たぶん、『家族』なんて言い方したから変に思ったんだろうな、と綱吉は思ったが、深く追求される前に逃げようと思った。
「沢田さん、明日は一緒帰りましょーね」
獄寺が微笑んだ。
「うん、ありがと」
じゃあね、と二人に別れを告げながら、出口に向かった。
獄寺と山本がリボーンを睨んでいたこと、それを受けてリボーンが挑発するように笑い返したのは一切知らず。
帰り道、車の中でリボーンが言った。
「今日は頑張ったな」
綱吉は思わず、助手席からリボーンを凝視した。
(リボーンが、ほ、褒めた)
明日は槍でも降ってくるのだろうか、と思ったとこで、横から叩かれた。何でわかったんだろう。
「たまには俺だって褒めるぞ」
リボーンはほんの少し傷ついた口調で言った。少々芝居がかっていたような気もするが。
「何かご褒美、やろうか」
「マジで!!!」
綱吉は文字通り飛び上がった。
(どどどどどーしよう、今度発売のゲーム機とかでもいいのかな)
(待てよ、ここはもっとじっくり考えて、一番いいものを!)
浮かれた綱吉を呆れたように横目で見ながら、リボーンはハンドルを回した。
(あ、)
「リボーン」
急に大人しくなった綱吉を訝しく思いながら、リボーンは「なんだ」と応えた。
「さっきの『ご褒美』ってさ、物じゃなくてもいいの?」
「何でもいいぞ、物騒な願い事じゃなければ」
「なんだよ物騒って!じゃなくて・・・」
綱吉はもぞもぞしながら言った。
「例えば、二人で出かけるとか」
リボーンは思わず顔ごと綱吉に向けた。
「うわ、リボーン、前、前!」
「大丈夫だ、俺は一流のヒットマンだぞ」
「なにそれよくわかんないから!とりあえず前向いて、死ぬから!!」
しぶしぶと言った感じで、リボーンは前を向いた。目は綱吉を見ていたが。(意味無し)
「・・・だってさ、ここ一ヶ月、二人で外に出たことなんて、あんま無かったし」
母さんたちがいた時は、家族で外出なんて、あんましようと思わなかったし。
綱吉は独り言のように口から零した。
リボーンは黙って運転していた。
「だから、イマドキ恥ずかしいかもしんないけど、思い出作り、っていうの?
ああもう、恥ずかしいなこんな台詞!」
「ホント恥ずかしいな」
「うるさいよ!」
「どこ行きたい?」
「・・・いいの?」
「『ご褒美』だからな」
「――やった!」
オレ、海行きたい!と綱吉は微笑んだ。