「しばらく家を空ける」
初めてのリボーンの出張宣言に、綱吉は思わず持っていたトーストをポロリと落としてしまった。
「・・・何だその反応は」
「いやあ、リボーンって仕事、してたんだねえ」
しみじみと呟いた中学生に、リボーンは静かに青筋を立ててみせた。
「当たり前だ」
「すいませんわかりましたから怒らないでくださいっていうか箸で刺さないで痛い痛い」
額をさする綱吉をチラリと見て、リボーンは食後のコーヒーを優雅に啜った。
「恐らく帰るのは三日後だな」
「・・・・・長いね」
「金は置いておく」
「うん」
「戸締りしっかりしとけ」
「うん」
「火の始末も忘れるな」
「うん」
「歯ァちゃんと磨け」
「うん・・・・・・古っ!」
ほっぺにちゅうをして、いってきまーすと慌しく出て行った綱吉の気配を噛み締めながら、リボーンは一人ごちた。
「・・・・・まあ、護衛もつけたんだ、大丈夫だろ」
「リボーン!ただい、ま、・・・・・」
玄関をバタンと閉め、部屋に駆け込んだ綱吉は、しんとした空気に気付いた。
「あ、そういえば居ないんだっけ」
せっかく、テストで平均取れたのに。
以前教えてもらった数学の点数がかなり伸びて、教師にも褒められたのだ。
(・・・・・・・・・)
綱吉は、慌てて帰って来た自分が馬鹿みたいに思えた。
(・・・ゲームでもしよ)
部屋に入った。
「よー」
「!!!」
思わずドアを閉める。
間を置いて、再びドアを開けた、ゆっくりと恐る恐る。
「テメー、失礼なヤツだなコラ」
「どどどどなたですか」
その不法侵入者は、場に似合わぬ厳つい格好をしていた。
迷彩服にお揃いのバンダナ、ドッグタグ。腰にはアーミーナイフ、手にはなぜかマシンガン。
そして金髪の髪、鋭い碧眼。
(怖えぇぇぇぇ!!!)
「リボーンから聞いてねーのか」
「いえ全く何も」
「コロネロだ、よろしくな」
「はぁ、よろしくお願い、します・・・・・?」
「護衛を任されたんだ」
「って、オレの?」
目を丸くした綱吉に視線をやって、コロネロは頷いた。
「何かあったら大変だからな、オレが駆けつけたってわけだ」
(『何か』って何なんだよ!)
どーみても一般人には見えない男を、『護衛』につける人間はそういない。
綱吉は、リボーンに対する疑問が風船のように膨らんでいった。
(リボーン・・・・・お前、何者なんだ一体)
「これ食わないのか」
言って目の前のピザをひょいとつまみ、あっという間に口へ運ばれた。
「っ、あー!オレのシーフード!」
「ちんたらしてるのが悪い」
戦場じゃ生きていけないぜ、とニヤリと笑った金髪の男に、綱吉は引き攣った笑みを返した。
一応護衛だから、と風呂までついて来られた時、正直どうかと思ったもんだ。
しかし、綱吉は適応能力が高い少年だった。
なんせほっぺちゅうも受け入れたのだ。
湯船につかりながら寛ぐコロネロの頭に、綱吉は白いタオルを乗せてやった。何となく。
「何だコラ」
「日本ではそんな感じなんだよ」
「へー」
向かい合って座る。
綱吉は、ずっと聞きたくて、でも本人には聞けなかったことを聞いてみた。
「ねえ」
「んー」
「リボーンって、どんなヤツ?」
「どんなヤツ、って、どういう意味だ」
「いやだから、仕事とか何してんのかなー、って」
コロネロは目を丸くした。
「・・・・・お前、リボーンが何してるとか聞いてないのか?」
「うん、全然教えてくんない」
憮然とした顔の綱吉を見ながら、コロネロは何か考える風な仕草で上を見上げた。
ぴちょん、と水滴が落ちてくる。
「・・・ふーん」
「あの、何でニヤニヤしてんの・・・」
「いやー、別にー?」
(なんだこの人・・・)
「そういう質問をするってことは、進路とかで悩んでんのか?」
いきなり話題を振られ、綱吉は焦った。
「え、別にそういうわけじゃ!」
「まーゆっくり考えろ。人生は長いんだぜ、コラ」
「はぁ」
綱吉は手のひらでお湯をすくった。
あひるさんがプコプコ浮いている、リボーンが買ってきたやつだ。
こんなん、使わねえっつーの。
渡された時はそう思ったが、時々何となく浮かべたりしている。
ひっそりとつけた名前は、某マンガにちなんで『ケンシロウ』だ。
「・・・・・オレは、自分のことなんかじゃなくって」
「ん」
「リボーンが危ないこと、してんじゃないかな、って」
正直あまり仕事をしている風には見えない男が一般水準以上の暮らしをしている事は、中学生の綱吉でも異常だと
わかっていた。
深く追求されたくないなら、別にいいのだ。
ただ、危険な事だけは、してほしくないだけ。
沈黙を破ったのは、コロネロだった。
「大丈夫だ。アイツは俺が認める唯一の宿敵だからな」
「宿敵なんですか」
「後見人を信じろ。いつかは話してくれるさ」
くしゃり、と頭を撫でられ、綱吉はくすぐったそうに目を細めた。
自宅のドアを開けたリボーンは、三日ぶりの我が家の空気を吸い込むかのように、深呼吸した。
「帰ったぞ」
リビングへと入る。
そこでは。
「あ、お帰りー」
「何だ、もう帰って来たのか」
笑顔の綱吉と顔を顰めたコロネロが、ソファでリボーンを出迎えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・テメエ」
「あ?何だ、戦るかコラ」
「ちょ、コロネロ、動くな!危ないから!」
綱吉の膝枕で耳掃除をしてもらっているコロネロ、そのほのぼのとした光景に向かって、リボーンはイタリア土産の入った
袋を力一杯ぶん投げた。
「リボーン」
「・・・・・」
「リボーンってば」
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・ぐるモミ」(ぼそり)
「・・・・・」
「すいまひぇんやめてごめんなひゃい」
頬っぺたを抓られた綱吉が、痛そうに両頬をさすっている。
リボーンは非常に不機嫌なオーラを纏って、ソファの背もたれに体を預けた。
「俺が疲れて帰ってきたら、挨拶もなしに男とイチャついてるとはな」
「!!」
なんだそれ!コロネロは、リボーンが呼んだんじゃねーか!
しかも何だその言い方、なんでフリンした奥さんみたいな事言われなきゃなんねーんだ!
叫びたい衝動を頑張って呑み込んだ。
帰って来た家族と、ケンカなんてしたくない。
でも、謝るのもおかしい。オレは悪いことなんてしてない。
考えた綱吉は、リボーンの正面に回った。
そのまま、ジッと見詰める。
リボーンは心なしか、少し動揺しているように思えた。
何だかおかしい、と思いながら、しかし笑うことなく。
綱吉はリボーンの頬に唇を寄せた。
1、2、3、4、5、
いつもより若干長いチュウの後、万感の思いを込めて囁いた。
「お帰り」
「リボーン!大丈夫!?頭痛いの!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大丈夫だ」
「てか、帰って来たばっかで疲れてるよね!一応、薬取ってくる」
立ち上がった綱吉の腕を掴み、リボーンは引き寄せた。
「ちょ、何す」
「ただいま」
「風呂入ってくる」
立ち上がったリボーンは、そのままスタスタと風呂へ向かった。
「良い湯だったぜコラ」
風呂から出てきたコロネロと鉢合わせする。
「・・・テメーいい加減帰れよ」
「もう一日くらいいいだろ」
いやに楽しそうなコロネロに、ふんと鼻を鳴らしてリボーンは風呂場へと消えた。
「ツナ?どーした、赤いぞ。全身」
「・・・・・・・なんでもないです」
心臓が、口から飛び出てそのまま破裂しそうなくらい収縮している。
全身の血液が沸騰して、死ぬんじゃなかろうかと綱吉は頭の片隅で思った。
意味がわからん。
何で、口?
(・・・・ていうか、ファーストキス・・・・・・・・・・・・)
風呂場から鼻歌が聞こえる。
綱吉は、あのマイペースな後見人に、ケンシロウを投げつけたい衝動に駆られた。