何時の世も、地球上のどこかでは争いが起こっている。
人間が存在する限り、命の奪い合いは尽きないんだろうか。愚かだ。
遠くから爆発音が聞こえ、男は思わず顔を顰めた。
愛銃のCz75に、マガジンを装填する。
リボルバーのM500にもすぐ慣れたのだが、確実に敵を仕留めるためにはやはりこれだ。
この紛争が、終われば。
男の脳裏に浮かんだ、ぼんやりとした影。
遠い東の地に居るだろう少年を思い出す。
今頃は、もうとっくに二十歳を越えているはずだ。
元気だろうか。
間抜けで愛おしい表情。
何度かこっそり盗んだ、そして一度だけ意識のある時に触れた、唇の感触。
思い出す度、頬が緩まる自覚はある。
だが。
今更だ。
男は目を伏せた。
いきなり姿を消した男に対し、どう思うかなんて愚問だ。
恨まれてもしょうがないと、日本を出るときに割り切った。
そんな事より、今は任務に集中すべきだ。
国境の向こうには、保護すべき捕虜たちが大勢居る。そしてその後、最も大きなヤマを片付ければ終了、だ。
依頼主から、とうとう暗殺命令が下された。長かった外交上の小競り合いにも、とうとう業を煮やしたらしい。
実に、十年もの時を費やして引き受けたこの仕事も、もうすぐ契約を終えようとしている。
自分に出来ることはこんな事くらいだ。
それが死んだ二人の供養になると信じ、ここまで来た。
目の前には砂煙。 乾燥した頬を撫でる。
一歩踏み出そうとした時、煙の向こうに人影を見た。
思わず建物に隠れる。仕舞った銃は再び手の中だ。
敵だろうか。
民間人はもう見当たらないが、万が一ということもある。
確認しないといけない、と思いながら舌打ちし、目を凝らした。
影から何か小さいものが飛び出してくる。
それは弧を描き、ほぼ真上に降ってきた。
手榴弾か。
叩き返し、影に向かって撃ち込む。
乾いた銃声の後、爆音と共に砂塵が舞った。
濛々と立ち上がった煙を見ながら、気配を探る。
何も感じないことを認め、緊張を解いた。
煙の中に足を向け、足を踏み出した時。
「動くな」
背に、硬い物が当たる感触がした。
思わず両手を上げる。
(何者だ)
気配を全く感じることがなかった。
これは、金髪の悪友並みではなかろうか。
応援に呼んだはずの憎たらしい顔を思い出し、何やってんだアイツは、と胸の内で呟いた。
「銃を捨てろ」
淡々とした、だがどこか思いつめたような声色に、思わず眉を顰めた。
どこかで聞いたような声だ。
記憶の糸を手繰るが、思い出せない。
ゆっくりと、グリップを離す。 と同時に、体を反転させ、相手の腹にしたたか拳を打ちつけようとし、
かわされて掴まれた腕を驚きの表情で見た。
そして掴んでいる腕の先の顔を見て、心臓が止まった。
「何て顔してんの」
口から出てくる声は、低く響きのあるものへと変わっていた。
へなりとした笑い顔は、随分と精悍なものになっていて。
「いい挨拶だっだでしょ。今までの仕返し、なんつって」
肩をすくめた仕草が、年齢を感じさせる。
背が随分伸びたようだった。
「てーかさ、こんなとこで何やってんのアンタ。一人で国境越えようなんてバカじゃねーの。応援呼んだなら待とうよ。
単独行動して何かあったらどーすんの」
リボーンは表情を変えない。瞬きもしていない。
沈黙は続く。
「聞いちゃった。コロネロと、ボンゴレ九代目から、全部」
瞬き、一つ。深い闇色に自分の顔が映っているのを、綱吉は見た。
「父さんと母さん、殺されたんだって」
「父さん、イタリアのマフィアだったって。でかい仕事引き受けて、命狙われたって」
「リボーンは、」
「『ヒットマン』だって。有名な殺し屋だって。オレを引き取った時から、父さんの仕事を引き継いでずっとこの仕事、やって来たって」
綱吉は目を伏せた。
茶色の睫毛が、小さく震えている。
「高校卒業前、九代目がオレのとこに来た。父さんのことも、ボンゴレのことも全部聞いて」
「、」
「それ聞いて、ボンゴレに入った」
「悔しかった。お前が勝手に現れて、勝手に消えて、十年も消息不明だと思ったらコロネロに連絡取ってきて、オレのことなんて忘れたかのように」
いつまでも声を発することなく、穴が開くほどじっと見詰めているリボーンに、綱吉は業を煮やしたのか。
ネクタイを掴んで引き寄せた。
顔が近付く。お互いの吐息が一瞬、唇にかかる。
その瞬間、綱吉は堰を切ったように叫んだ。
「大体お前勝手過ぎんだよ、リボーンて昔からそうだったよな、オレに仕事のこと何も言わないで勝手にフラッと出てくし、てか何で何も言わないの、フツー書置きとか残すだろ、通帳置いてくって意味わかんねーよ、しかも何だよあのバカみたいな金額、中学生に扱える金じゃないだろ、ふざけんな、クソッタレ、ぐるモミ野郎、」
細く震える、掠れた声。透明な水が溢れる、琥珀の瞳。きらりと光る。
舐めたら甘いのだろうか、とリボーンは思った。
「オレずっと一人でゴハン食べて、一人で髪乾かして、一人で高校も決めて、一人で土手も歩いた」
ネクタイを掴む手が、揺れた。
「合格しても頭を撫でてくれる手もなくて、ご褒美に海へ連れてってくれる人もいなくて」
しゃくり上げ、上下する肩。
「頬にキスなんて強制する横暴なヤツもいなくて、でも玄関で『ただいま』って言って、誰も答える人なんて居ないのに」
リボーンは悟った。
十年経っても、どれだけ月日が流れても。コイツは『沢田綱吉』だ。
「ねえ」
「家族だろ、オレ達」
お前は、許してくれるのか。
「何か言って」
ああ、
「リボーンてば」
たまらない。
「リボ」
「もう、黙れ」
衝動的にリボーンは唇を塞ぐ。
「ん、」
世界の音が消える。
舞い上がる砂塵の中、二人は熱烈なキスを交わした。
「・・・・・・・・・・・・」
くちゅ、
「、ちょ、」
ちゅ、
「、んん」
ちゅううううう、
「ブハッ、――オイ!」
「・・・・・なんだ」
「『なんだ』じゃねー!お前、十年ぶりでいきなりかよ!」
「だからじゃねーか、十年分の挨拶だ」
「うおぉぉぉ・・・離せ、オレはもう恥ずかしすぎて死ねる」
「今更何言ってんだ」
「オレの気持ちを考えろ!十年も経ってオレのこと忘れてんじゃないかとか、帰れとか言われたらどーしようとか、もういっぱいいっぱいだ!」
綱吉はリボーンの首に回した腕を解こうとした。が、掴まれ、再び引き寄せられる。
「もーやだ・・・」
顔に血が上ってくらくらする。久しぶりの匂いに、綱吉は目を瞑った。
リボーンは髪の毛に顔を埋め、白い項が薄桃色に染まるのを見ながら、仕事を終わらせた後の自分へのご褒美について考えていた。
でも、その前に。久しぶりにゆっくり、味わおうではないか。
再び唇を重ねてきたリボーンを、綱吉はぐったりと受け入れながら。
いつかの日のように万感の思いを込めて囁いた。
「お帰り、リボーン」