綱吉が放った一言は、その場の空気を止めるのに十分な力を持っていた。
            
            
            
            自称右腕の彼は最近当の十代目から『右腕君』と冗談めかして呼ばれるようになってからは、今まで以上に彼に引っ付くようになっていたし、それを見咎めたかどうかは定かではないが、まあ面白くは思っていなさそうな親友の彼は当然のように反対側を陣取っていた。
            座右の銘が『極限』の彼はマイペースを崩す事無くロードワークに勤しんでいたためこの場には居ず(この場合、彼が居なかったことは不幸中の幸いな気がする――あくまで、『何となく』ではあるが)、群れるのが大嫌いな最強の人でさえもこの空間には時折顔を出すようになっていた。ほとんどがリボーンにちょっかいをかけたり綱吉を睨みつけてみたり獄寺や山本に睨み返されてみたり其れを好機とばかりに獲物を取り出したりとそれなりに楽しそうではあった。何を間違ったか、六道骸までもが一週間に一度の割合で窓から侵入してくるのはいただけなかったが。
            
            
            そんな訳で、今、この場にはカオスなメンバーが勢ぞろっていた。
            
            
            綱吉の言葉により、獄寺隼人は口からタバコを落としたままそれが服に落ち不穏な煙をくすぶっているのにも気付かず、山本武は笑顔で目をかっ開いたまま固まった、口からは唾液が出かけている。雲雀恭弥は最近リボーンがイタリアから取り寄せたお気に入りのドルチェを無表情のまま口から噴水のごとく噴き出して、しかしそれには全く構う事無くこちらも口から唾液プラス諸々が出かけている。六道骸に至っては、なぜかベッドの上でブリッジをしたまま(最近ブリッジに嵌っているらしい。理由は知らないが)、顔だけ綱吉に向けて固まっていた、こちらも無表情だ。頭に血が上って真っ赤になっているはずの顔はなぜか青を通り越して異様に白い。
            
            
            「え?」
            
            オレなんかおかしいこと言った?
            
            なんか、意外なひとたちまでリアクション大きくないか、とぶつくさ呟いても、誰も微動だにしなかった。
            
            
            
            「あの、マジですか」
            
            「うん、きのう、勇気出して、やっと言えたんだ」
            
            
            
            頬を染めながら、瞳の奥に揺れている柔らかな色は、何よりも真実を物語っていた。
            
            
            
            
            
            
            
            
            
            おかしい。
            
            
            獄寺や山本ならまだしも雲雀や骸が入り浸るようになったことに対し、綱吉は恐ろしくはあったが、正直少し嬉しかった。あんなに反発し合っていた人達が、『ボンゴレ』というものに縛られた形とはいえ、それなりにまとまってきたように思えたのだ。
            だから勘違いしてしまったのだろうか。
            皆はもっと、喜んでくれると思った。
            
            ずっと想い続けていた相手と、ようやく、結ばれたのだ。
            
            (うおおおおおお、は、はずかしい)
            
            初心な彼は想いを告げるのもしどろもどろだったが、天使のごとき少女は告白を聞いた途端、こちらも負けず劣らずトマトのように真っ赤になって、「え」とか「あ」とか珍しくどもりながら俯いた。握り拳が震えていたのに気付いた瞬間、綱吉はどうしようもなく愛しくおもえてしまい、思わず抱きしめたのだ。
            
            その時の、溢れんばかりの幸せなきもちといったら。
            
            
            だがしかし、皆に伝えようと思ったのは間違いだったのか。
            
            
            
            
            急に冷えた室内の中、段々と項垂れた綱吉に声をかけたのは再びの獄寺だった。
            
            「それで、笹川は」
            
            搾り出すような声に少しだけ体を固くしながら、綱吉は瞬いた。
            
            「うん。頷いてくれたよ」
            
            その瞬間、雲雀と骸の眉が同時に動いたのを目撃したのは誰も居なかった。お互いですら。
            
            
            空気を動かしたのは山本だった。
            「そっかー、よかったな、ツナ!」
            「うん、ありがとう」
            ほっとした表情で綱吉が笑いかけ、山本はいつものように眩しく見える笑顔。ただひたすら笑顔だった。一瞬、眉間に皺が出来たことに綱吉は気付かなかった。
            
            「そんで、どこまでいったんだ?」
            「!!!!!」
            「ちゅーはした?」
            「な、な、な」
            「山本てんめえ!真っ白ーで清らかーな十代目と穢れてドス黒いテメーを一緒くたにすんな!」
            「獄寺キモイ。お前キモイ」
            「黙れ!キモイっていうお前がキモイ!」
            「ちょっ二人ともやめて!てーかフォローはありがたいけどキモイって言う獄寺君はちょっとキモイ!気持ちが悪い!」
            「ガーン!さ、さわださ」
            「ギャアア!獄寺君、服、ふく燃えてる!!」
            
            
            
            
            
            〜しばらくお待ちください〜
            
            
            
            
            
            「で?」
            「は、」
            
            紆余曲折後、何とか落ち着いた室内に投下された一言は、絶対零度の冷たさをもって再び部屋を凍らせた。
            綱吉は恐る恐る雲雀を見た。腕を組んで仁王立ちした彼は、トンファー仕様のかっこよさだ。風もないのに、学ランが靡いていた。
            「笹川とはどうなったの、てかどこまでいったの」
            「え、ひばりさ」
            「五秒以内」
            「ちょ」
            「ご、よん、」
            「!」
            「さん、にー」
            「さ、さ、」
            「いち」
            「最後まで!」
            
            
            
            今度こそ、空気は凍結した。
            
            
            
            
            
            
            だって、しょうがないじゃないか。
            
            あんなに、可愛い人が、あんなに濡れた瞳で見上げてくるとは思わなかったんだ。
            ダメツナなオレだって、一応、男なんですよ。
            一応合意だし。それが結構意外だったけど。
            
            愛されてるなって思った、同時にこんなにも愛してるって、思ったんです。
            
            
            
            
            
            
            
            
            
            
            
            
            
            
            流石に気まずくなったのか買出しと称して外に出た綱吉を見送ってきっちり五分と三十二秒後、部屋に入ってから一言も声を出していなかった六道骸がぽつりと呟いた。
            
            「そうきたか」
            「予想外です、さわださん」
            次いで獄寺が棒読んだ。
            
            この場に居る全員が、皆同じ心境だと言うことに気付いていた。
            
            底知れぬ虚しさ、切なさというにはあまりにも衝動的な熱く黒い塊、そして間違った方向からやってきたナイスガッツ。
            
            
            
            
            
            「こうなりゃ力ずくで」
            
            誰が呟いたかは定かではなかったが、その言葉が合図かのように皆いっせいに立ち上がった。
            
            その瞳には、何だか哀しい炎がバーニングしていた。