あ、オレ、山本のことが好きだ。
綱吉は、唐突に悟った。
昼休みの屋上で、獄寺が珍しく休みで、二人きりだった。
フェンスにもたれながら、くだらない話をして、ぎゃはははと笑いあった。
そして、声が消えたとき。 山本が、遠くを見て、優しい、切ない顔をしたのだ。
たぶん、今まで確たるものがなく、その思いは在ったのだろうけれど。
その表情で綱吉は決定的に恋に落ちた。
性別や温かな友情の壁がある現実を忘れて。
恋の訪れは、何時だって唐突だ。
獄寺隼人は、苦い顔で目の前の男を見た。
山本武が珍しく苛ついた顔で机を眺めている。
獄寺には何となく、理由がわかっていた。
「おい」
「・・・・・何?」
「何、じゃねえよ」
いつもは賑やかに話しかけてくる女子も、遠巻きに眺めて顔を見合わせているだけだ。
綱吉が、トイレから戻ってきた。
山本が見やると、綱吉の表情がやや硬くなる。
「た、ただいまー!」
「・・・・・・おう」
「お帰りなさい、十代目ー!」
獄寺は途端にこやかな表情になるが、山本はぶすっくれているままだ。
綱吉は一生懸命話しているけど、明らかに無理しているのがわかった。
そんな綱吉を見る事無く、山本はずっと黙っている。
綱吉に相槌を打ちながら、獄寺はそっと溜息を付いた。
十代目は、アレなんですね。
「好きな子が出来たら、とことん避けてしまうタイプ」。
全部解ってしまっている自分が悲しくて、獄寺はもう一度溜息をついた。
放課後、綱吉がグラウンドの横を通り過ぎるのは、山本の姿を見るためだ。
好きだと自覚した途端、どうしようもなく意識して距離を置いてしまっていた。
遠くから眺めることの出来る部活の時間は、唯一のんびりと幸せを噛み締めることの出来る時間だった。
フェンスに手を掛ける。目を細めてグラウンドを見た。
(・・・・・あれ、どこに居るんだろ)
「なんか用?」
「!」
バッと後ろを振り向く。ユニフォーム姿の山本が、帽子を目深に被って突っ立っていた。
目は見えない。
「、いや、通りかかったもんだから、」
「・・・・・・・ふうん」
二人の間を妙な空気が流れた。
山本の機嫌がとても悪いことに、綱吉は気付いた。
「あ、ごめん、迷惑だったね、オレ帰る」
「ツナ」
「っ、・・・・・、何?」
山本が、ずいと近付いて、その黒い瞳が綱吉の瞳を捉えた。
その瞬間、綱吉はサッと顔を逸らしてしまった。
(しまった、絶対変に思われた)
だけど、目を合わせるのでさえ、どうしようもなく恥ずかしいのだ。
ただでさえ距離が近いような気がする。
いつも、どれくらい近くにいたのか、どんな会話をしていたのか、全く思い出すことが出来ない。
普通って、どんな感じだっけ。
「ごめんオレ帰る!」
山本が口を開いた瞬間、綱吉は叫んでダッシュで逃げた。
そう、逃げたのだ。
山本は遠ざかっていく親友の後姿を眺めて、いや、睨んでいた。
通りかかった先輩が声を掛けようとして、そのオーラにひっと後ずさる。
「ムカつく」
ぼそりと呟いた山本に、先輩は真っ青になり、すいませぇぇん!と叫びながら駆け出していった。
山本は苛つきを隠すことが出来なかった。
ここ数日、自分に対しての綱吉の態度がおかしかった。というか、露骨に避け始めた。
一緒に居るときだって、碌に目も合わない。
あの綺麗な琥珀色が見えないと、こんなに心がざわめくなんて、知らなかった。
ていうか、何で避けるんだ。ちょっと前までは、あんなに一緒に笑ってたのに。
俺、何も悪いことしてない、はずだ。
ムカつく。ああ、ムカつく。
山本が家に帰ると、綱吉が居た。
呆気に取られた顔をしていると、綱吉が山本に気付いた。
「・・・・・ぁ、ごめ、」
何でそこで謝るんだ。
山本が顔を顰めたのを見て、綱吉は眉尻を下げた。
「ツナ君、これ!奈々さんにもよろしく言っといてくれよ!」
「親父、それ」
「ああ、良い鯛が来たんでな、ツナ君ちにあげようと思って取りに来てもらったんだ」
「・・・ああ」
そうだよな。俺に会いになんて、そんなわけない。
ふっと笑った山本の顔に、綱吉は怯えてびくりと震えた。
「あ、の、オレもう帰ります」
「ええー?ゆっくりしてきなよ、武も帰ってきたことだし」
「いや、でも悪いですし」
「いいな、それ」
「・・・・・え」
「『ゆっくり』してけよ、ツナ」
山本は、自分がどんな顔をしているのか、全然わからなかった。
だから、綱吉の怯えた表情に、余計に顔を強張らせたのだった。
「悪ぃな、茶しかないけど」
「いや、全然!ありがとう」
山本の部屋でそう言われた時、思ったよりも普通に返すことが出来、綱吉はほっとした。
なるべく、意識しないようにすればいいんだ。
「ツナ」
「はいぃ!?」
突然呼ばれて、綱吉は飛び上がりそうになった。『普通』だなんて、やっぱ無理だ!
「あの、アレだ、最近、・・・・・どうよ」
山本は自分で自分の舌を噛み切りたくなった。
(最近どうよ、は無いだろ!)
でも綱吉は律儀に応えた。
「ああ、最近・・・・・・最近、は、普通だよ」
「ふーん」
会話終了。
「あの、オレもうそろそろ、帰るね・・・・・」
綱吉は立ち上がった。山本も立ち上がった。
「帰んの」
「、うん」
山本は衝動的に、綱吉の制服を掴んだ。
そのまま、襟元を広げる。 びり、と音を立てて制服は破れ、ボタンが数個飛んだ。
綱吉は何が起きたのかわからず、山本をぽかんと見詰める。
その顔が可笑しくて、でも山本は笑わずにもう一度言った。
「帰れんの、それで」
「・・・・・!やまも、と」
「今度は逃げねえんだな」
「!!」
泣きそうな顔の綱吉に、山本は久しぶりの笑顔で応えた。
さて、これからが本番だ。
ニヤリと獣が笑った。