陽気な喧騒が、自分と外界を遮断してくれるのがいい。
オレを知る奴が誰もいないのも、いい。
綱吉は、額に流れる汗を手の甲で拭った。
春先なのにこんなに暑いのは、温暖化が進んでいるせいだとか異常気象のせいだとかテレビで言っていた。
視界が曇っている、気がする。熱気のせいか、目が霞んでいるせいなのかわからない。
久しぶりに日本に来たからだろうか、妙に居心地が悪い。
「沢田君」
来た。
視界に入った革靴を辿って顔を見る。 眼鏡をかけた男が一人、綱吉をジッと見つめていた。
「時間だよ」
顔も知らぬ父さん、母さん。
行って来ます。
胸の内でそっと呟き、綱吉は立ち上がった。
「失礼します」
「来たか」
獄寺が部屋に入ると、中には直属の上官であるシャマル一等空佐。
そして、入隊式の時に一度だけ、遠めに見ただけの航空総隊司令官が静かに佇んでいた。
思わず姿勢を正す。手に汗が滲むのが解った。
「特殊任務、ですか」
だが、予想した答えとは違うものだった。
「いや、そうじゃないんだ。明日から移動で入ってくる隊員と同じ班になってほしい」
「…は」
それだけのために呼び出されたのだろうか。
にしては、雰囲気が妙だ。
隊員に何か問題でもあるのだろうか。
再び軽く身構えた。
「いや、そう固くなるなってー!」
司令官である空将が片手を上げる。
雰囲気とは裏腹に、陽気に答えたその人物は、人と関わる事をあまり好かない獄寺にも話し易いような印象を与えた。
「人付き合いは苦手なヤツだが、そう悪くはないと思うぜ。よろしく頼む」
「はい」
お偉方直々に紹介される意味は何だろうか。
戸惑いながらも了承する。
「階級は一等空尉、お前の階級より一つ上だ。『沢田綱吉』と言う」
「沢田綱吉一尉ですね」
耳慣れない。どこから来たヤツだろうか。
「ああ、そうだ。それから沢田・獄寺班は明日からF-15DJ操縦だ」
「!、イーグルですか?」
「そうだ」
一等空佐のシャマルが喰えない顔でニヤリと笑う。
獄寺は信じられない気持ちで一杯だった。
F-15戦闘機、通称イーグル。
航空自衛隊の基地の中でも7つの基地のみにしか配備されていない。
獄寺の在籍する百里基地第7航空団はその内の一つであった。
その空撃能力は戦闘機の中でもほぼ世界最高水準であり、パイロットの憧れの対象である。
その戦闘機に、乗れる。 獄寺は全身の血液が沸騰するかのような思いだった。
「操縦士は、沢田一尉でしょうか」
僅かに掠れた声で尋ねた。
「あー、それなんだが、上もまだ決めかねている。お前は基地内で成績一、二を争う腕前だからな」
シャマルが頭をかきながら言う。
「とりあえず、えー、明日沢田が来る。一応シュミレーションはどっちもやっとけ。多分お前の方が操縦だよ」
F-15DJ型は二人乗りだ。どちらかがパイロット、もう一方が後頭部座席のレーダー要員としてコ・パイロットとなる。
獄寺は生来の自尊心と負けん気で満たされた。
たかだか赴任したばかりの男に、パイロットの座なんか譲れるか。
こちとらもう長い間戦闘機を操縦しているのだ。
獄寺にとっては階級など関係のない事だった。
びしっと敬礼をし、その場を離れる。
「失礼しました」
(・・・・・・・・・、やッッ、、ったあァァ――――――!!!)
部屋を出て、思わずガッツポーズを取った。
だが、声は出せない。
無言で震えるその姿に、通りかかった事務員が後ずさりした。
(イーグル!イーグル!!)
早速山本のヤツに自慢してやろう。
悔しがる姿が目に浮かび、獄寺はほくそえんだ。
(・・・・・・・・・・沢田、か)
どういったヤツかは知らねえが、相手に『勝つ』自信はある。
自分の華々しい未来の布石として、大いに役立ってもらおうと思った。
(・・・・・・・・あれ?確か、)
航空総隊司令官も同じ苗字だったような気がする。
獄寺は勇み足で歩きながらも、先ほど会った沢田家光空将の事を思い出していた。
「あーあ、喜んじゃってまあ」
「やっぱりそーだった?アイツおもしろいヤツだなあ」
部屋に残っていた二人は、獄寺が居なくなった途端吹き出した。
「しかし、良かったんですか?司令官直々に来ちゃって」
「あー、まあ、どうだろうな」
でへへと笑う家光に、シャマルは呆れ顔で返した。
(こりゃまた幕僚長に殺されるな)
あのバジルとか言う空将補は、カワイイ顔して怒ると怖い。
「ま、でも安心したよ。組むヤツがアイツなら、沢田も大丈夫だろう」
その目はどこか哀しみの色を携えていた。シャマルは、話を持ちかけられた時からずっと気になっていた事を聞いた。
「失礼ですが、空将はその『沢田綱吉』とはどういったご関係で?」
家光はニカリと笑った。やはりどこか寂しげな表情だ。
「さーなァ」