[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 

 

 

スロットルを引いてエンジンマスターのスイッチを倒す。

スタートスイッチを右に倒すと、本物の機内に居るような振動と轟音に包まれる。

綱吉はほぼ無意識に目でチェックしながら両手を動かしていた。

画面では滑走路を走るところまでに切り替わった。断続的な振動が、再現性の高さを物語っていた。

強力なGが体に掛かってくる。

綱吉は無意識に目を瞑った。

Gが一定になったのを感じ、目を開ける。

視界にはCGの空が広がっていた。

 

「沢田、さっきとシナリオ変えたからなー」

『了解』

シャマルの言葉に綱吉が答えた。

「一佐、どういったヤツに・・・・」

傍の隊員がそっと尋ねた。

「ん?ああ、ベトナム戦のヤツだ。ミグが相手だな」

ミグは、ロシアで開発された戦闘機だ。設計局の名をつけられ、ロシア空軍で使用されている。

ベトナム戦下では大いに利用され、F-4を撃墜した。

その方法は一機を囮にし、隙を狙って攻撃するというパターンが主だ。

 

沢田はそれを熟知しているようだ。

まあ、お手並み拝見、だな。

 

シャマルはニヤリと笑った。

後ろの方で、獄寺が画面を食い入るように見詰めていた。

 

 

 

綱吉はレーダーの反応を確認した。六時の方向、距離四十キロ。

敵味方識別装置にはUNKNOWNの文字だ。

『参照点より百七十度七十二キロ、不明機北上中』

「こちらも確認。攻撃許可を求める」

『目視確認せよ』

シャマルの声が頭に響く。

『撃ち急ぐんじゃねえよ』

「わかりました」

綱吉は兵装スイッチをアームに切り替えた。

いつでも攻撃が可能な状態になった。

敵機が方向を変える。

追尾すると、それはみるみる接近してきた。

交差する。

綱吉は、目で敵機のミグ17を確認した。

 

普通ならやり過ごして、大きく旋回して敵と向かい合う形になる。

だが、それは結構なロスだ。

 

綱吉は操縦桿を握る手に力を入れた。

 

 

 

モニタリングブースの画面では、沢田が明らかにオーバーシュートを見せつけ、敵に着いてこいと言わんばかりに旋回しているのがわかった。

「あーあ、ヤられるぜ」

誰かが揶揄する声が聞こえる。

だが、その次の動作に皆、目が釘付けになった。

敵機が後を追おうと後ろに着いた途端、F-15は急に旋回方向とは逆の向きに思い切りロールをかけながら急上昇した。

「!」

ほぼ九十度に上昇、背面になってもロールし続けている。

ミグの小さな旋回半径の中に留まるためだろう、とシャマルは思った。

だが、パイロットに掛かるGは相当なものだ。 あの小柄な体に、そんな強力な力を受け止める事が出来るのだろうか。

傍目から見ても明らかにわかる、寸分の狂いも無い垂直バレルアタックによって、ミグの後ろにぴたりと張り付いた。

「マジかよ」

ポツリと呟く声は、静まった空間の中に消えた。

 

 

綱吉は敵の真後ろに居た。

ロックオンと同時にミサイルを発射する。

ミグは爆発、四散し、森林に飛び散っていった。

無線から騒々しい声が聞こえてくる。恐らく、歓声が上がったのだろう。

嬉しかったが、綱吉は顔を顰めた。ミサイルが当たった感触がいやに残っている。

『まだ、これからだぜ』

シャマルの声が聞こえた。

綱吉も気付いていた。後ろに一機、張り付いている。

これがミグの、というよりもロシア空軍の戦法だ。

一機を囮にし、その隙に相手を狙う。綱吉は焦ることなく、操縦桿を握った。

上下左右に機体を揺らし、ロックオンされないよう動かす。

だが、敵もしつこく着いてくる。 しばらく遊んでいたが、焦れる様子はまったくない。

そりゃそうだ、と綱吉は思った。

相手は人間じゃない、コンピュータなのだ。

感情が篭った操縦はしない。

『おーい、お遊びはその辺にしとけ。こちとら周りがハラハラしてるぜ。お前がいつヤられるかってな』

笑いを含んだ声に、ボソリと応えた。

「リョーカイ」

綱吉は、操縦桿を一気に前に倒した。

目の前が地上の森の色、緑一色になる。

そのまま横方向に倒し、急旋回をかけた。

急降下しながら螺旋状に旋回するその動きはまるで墜落しているかのようだった。

だが、旋回を大きくするとすぐに敵機に追いつかれてしまう。

数キロに渡りこのスパイラル・ダイブを続けても、敵機は離れる事無く着いてきた。

その辺がシュミレータだな、と改めて感心する。

人間だとここまで追ってくるやつは、中々居ない。

(まあ、いるにはいるな)

脳裏に浮かんだ顔を振り払う。

スパイラルを続けたまま、さらに機体にひねりを加えた。

垂直方向に落下しながらの急旋回をし、敵の動きを見ながら逆に切り返す。

敵が諦めるのを待った。だが、なおも食いついてくる。

 

(・・・・・・・・こりゃー)

シャマルの顔が頭に浮かぶ。

やってくれたな、あのおっさん。

 

綱吉は、エンジンを切った。

 

 

 

 

「、一佐、機体のエンジンが切られました!」

「!、何考えてんだあの男・・・・・」

モニタリングブースに居る人間は、誰一人画面から目を逸らすものは居なかった。

二機がそのまま急降下していく。その内の一機は明らかに墜落している。

「このままじゃ、地面にぶつかるぞ」

敵のミグが、F-15の前に出る。

すると、まるでそれを狙っていたかのように、F-15は墜落しながらミグの後ろに張り付いた。

「おい、嘘だろ」

モニターを見ると、エンジンはすでに発動されている。

そのまま、ミサイルがロックオンされた。

 

その時、獄寺には、発射ボタン・オンの表示と同時に死神が見えたような気がした。

 

 

 

ミグが粉砕する。

F-15は、地面にぶつかりそうになる寸前、機首が持ち上がった。

そのまま地面擦れ擦れに水平飛行する。

 

皆は目を見開いた。

前に出させるために、エンジンを切ったのか。

墜落することも、もしかしたらエンジンの回復する時間も、地面との距離も、すべて計算して。

 

 

 

ヘルメットの中から、再び歓声が聞こえた。ここまでうるさいと、もはや怒号に近い。

『いやー、お前さんすげーな!まさかここまで無茶するとは思わんかったぜ』

「一佐、ここまでさせたのは貴方ですよ。シュミレータの難易度をマキシマムなんて、挑発しないで下さい」

シャマルの息を呑む音が聞こえ、バレたか、と決まり悪そうな声が聞こえた。

バレるっつうの。普通、あそこまで着いてこないぞ。

 

綱吉は息を吐いた。

苦々しい気持ちの中でも、高揚している自分が居る。

久しぶりの感覚だった。

(・・・・・きもちよかった)

 

 

 

ブースに入ると、隊員たちが動揺、賞賛、羨望、嫉妬の入り混じった複雑な視線を送ってくる。

だが、口に出しているのは皆賞賛の言葉だった。

綱吉は素直に受け止めた。

「一尉、すごかったッスねあの垂直での降下!旋回して!」

「あ、ありがとー」

「エンジン切ったのは何でですか?ビックリしました!」

「あ、まあ昔習ったもんで」

「いつもあんなアクロバティックな操縦を!?」

「いやほんとそんなことないから」

囲まれている綱吉を、獄寺は無意識に睨みつけていた。

(何だ、あの操縦・・・・・・・・)

獄寺の自信が、こんなに打ち砕かれたのは初めてだった。

 

ふと、綱吉と目が合った。

獄寺は内心かなり動揺して、咄嗟に顔を逸らした。

しまった、と思ったが、また目を合わす気にもなれない。

綱吉が近付いてくるのがわかった。獄寺は妙な苛立ちを感じた。

 

(来るな)

「あの、獄寺・・・・くん、」

 

獄寺は、自分の右手の指先がピクリと動いたのがわかった。

綱吉は、声をかけたものの何を言ったらいいのかわからなかったので、詰まってしまった。

 

沈黙が降りる。

離れたところから、周りの隊員は興味深げに見守っていた。

 

「こんちは!」

 

そんな中、突然やけに明るい声が割って入った。

綱吉はきょとんとした。

「初めまして、山本武二等空尉です、獄寺とは同期になります。よろしくお願いシマス」

「よ、よろしく・・・・・」

獄寺とは対照的だ。

にこにこと笑うその笑顔は、どんなに嫌味な人間でも毒気を抜かれそうなくらいだと思った。

「沢田一尉、失礼ですが年齢は?」

「あ、27だけど・・・・・」

「え、マジで!?俺らと一緒じゃん!」

思わず砕けた言い方に周りの隊員がぎょっとなる。

山本もそれに気付いたのか、少しバツが悪そうな顔をした。

「あ、いいよ別に気にしないで。オレそーゆー敬語?とかあんま好きじゃないし・・・・・」

「あ、マジで?俺もそっちのが楽!じゃあツナって呼んでい?」

「うん、いーよ。よろしくね山本」

何だか一気に打ち解けた二人だったが、獄寺は苦い顔で見ていた。

「おい山本、それじゃ他の隊員に示しがつかねーよ。特に下のヤツら」

「・・・・・あーそっか。じゃあ、任務中は上官殿に敬意を払います」

ふざけて敬礼をした山本に、綱吉は思わず吹き出した。

 

「和んでんなあ」

「、一佐」

シャマルが近付いてくる。

獄寺は緊張と共に嫌な予感を抱いた。

「じゃあ、沢田・獄寺班は沢田がパイロットでいいか」

やっぱり。

落胆を隠し切れず、もの凄く険しい顔をした。

 

「あの・・・・・・」

「ん、どした?」

綱吉は、獄寺に負けず劣らず、顔を顰めていた。

「オレ、パイロットは辞退したいのですが」

「「「!」」」

その場にいた獄寺、山本、シャマル、そして周りの隊員も、信じられない表情で綱吉を見ている。

あんな操縦をしておいて、F-15のパイロットを辞退だって?

 

「今回、この基地に来る時に、パイロットは遠慮しようと決めてて・・・・・・」

「ふざけんなよ」

 

ドスの利いた低い声が隣から聞こえ、綱吉は咄嗟に獄寺を見上げた。

獄寺は綱吉を見ていなかった。

どこか宙を見詰めながら、獄寺は歯を食いしばっていた。

 

「腕を持ってる癖に辞退だなんて、馬鹿にしてんのか。お下がりのパイロットなんで、俺は願い下げだ」

 

言い捨てて、その場を足早に去っていった。

「おい、獄寺!」

山本が慌てて追いかけた。

綱吉は、複雑な表情で、眉を下げている。

「あー、気にすんな、アイツはちょっと負けず嫌いで頑固で思い込みが激しいだけだから」

それって、『ちょっと』なんだろうか。

綱吉は口に出す事無く、俯いた。