彼女の名は、
■ハル■ 沢田綱吉と三浦ハル/別れの季節と被せて
朝からテンション高すぎで
人の話はちっとも聞かず
ほんの少しのことで大泣きし
誰より心強くしなやかに愛を歌い続けた
君の名は三浦ハルという
さあ、いこう!
今こそ、羽ばたくとき。
大丈夫、君の背にはもう、羽がついてるから。
「ツナさぁぁぁぁぁぁぁん!」
「―――――――!!」
全速力で駆け寄ってくる女の子に、綱吉は顔面蒼白の表情を返した。
商店街のど真ん中、主婦たちは生温い視線を送ってくるが、正直もう耐性がついている男の子は大声で叫ぶ。
「ハルゥ!」
「何ですかァァ!もうちょっと、待って!すぐ行きますから!」
二人は結構な距離だった。会話してるイコール商店街迷惑な大声。
ハルの扱いはこうだ、何だか意味不明な青春ごっこが好き。
綱吉は、普段絶対口にしないような台詞を吐いた。大声で。
「土手まで競争だァァ!」
途端、遠目でもわかるくらいに華やいだオーラがぶわっと広がった。
「は、はひぃぃぃぃ!まかせて、ください!!」
生温い視線は止まない。
「卒業、おめでとう」
「ありがとうございます!」
ツナさんも!
キュートな笑顔で元気いっぱいに叫んだハルに、綱吉は苦笑で返した。
その笑い顔に、ハルはどくんと心臓を鳴らせる。
最近、沢田綱吉さんは、こういう笑い方をよくするようになった。
オトコノコ相手に、言っていいのかしら。
何だかとても、綺麗です。
「ハル」
綱吉の声が急に頭の中に、すっと入ってきた。
それは少し固さをもって、彼特有の柔らかさをもってハルを包み込んだ。
「三浦、ハル」
確かめるように言葉をなぞる。
自分、という存在を。
ハルの中を、何かが駆け抜けた。
それは確かめる暇もなかったくらい一瞬で過ぎ去ったが、後に残ったものは切ないほどの幸福感だった。
「オレ、」
躊躇いがちに下を向いて、言葉を濁したが、綱吉はゆっくりと顔を上げた。
正面から向き合う。
真っ直ぐな彼の視線は月日の流れを感じさせ、ハルは、ああ、時を経たのだと思い知った。
「もうすぐイタリアに行くんだよ」
「知ってます」
ハルは即座に答えた。綱吉は、そっか、とだけ言った。
「だからって、どうってこと、ないけど・・・・・・」
ぽつりと呟く綱吉を見て、ハルは叫んだ。
「ツナさん!」
「うわ、何だよいきなり大声出して!」
「わーたーしーはー!」
くるり、と川と向き合う。
キラキラと光る水面は、少年と少女に優しく光を送っていた。
「わたしは!」
綱吉は、隣で黙って立っている。ハルは泣きそうになった。
口元に当てていた両手を、ゆっくりと下げる。
「わたしは、」
出会って、五年が過ぎた。
正直、恋だとか愛だとか、考えれば考えるほどわからなくなります。
たまにツナさん、ホントひどい時あるし。私だって、怒るんですよ。
でも、名前を呼んでくれるだけで、嬉しいときだってある。
あなたが。
ずっと、好きです。
「オレ、」
ハルは綱吉の方を見た。見て、ぎょっとした。
彼は、目に涙をいっぱいに湛えて、静かに震えていた。
あ、ツナさん。と思った瞬間、目の前の少年は叫びだした。
「オレだって、みんな好きなんだ、ずっと今のままがいいんだ、だって、やっと出来た居場所だったんだ、みんなと会えて、どうしようもない
くらい幸せなんだ、本当に、ほんとうは行きたくない、ずっと並盛に居たい、マフィアなんてなりたくない、」
「でもさ、」
「オレは、もう、決めてしまったから」
逃げるわけにはいかない。
それは、彼女だけに対する弱音ではなかったけれど、ハルはそれを聞いてとても満足した。
それでこそ、ツナさんだ、と思ったのだ。その真っ直ぐさ、自分への誠実さが、何よりも大好きだと思った。
それに、その思いを吐き出してくれたことが、何よりも嬉しかったのだ。他の誰でもない、自分に。
向き合うベクトルは少しだけずれていた、のは知っている。
だが、ハルは優しく、そっと綱吉を抱きしめた。
「ツナさん」
少しだけ、肩が揺れる。
「これから、新しい道を歩んで、お互い自分のことでいっぱいになって、抱えるものもその重さも違うもので。それでも」
「イタリアの空を見上げたときに、思い出してください。私も、見ますから。空は繋がってますから。ツナさんと、近づけます」
私も、ツナさんのお母さんも、並盛も、ぜんぶ。
「ツナさん!」
「声でか!」
たまらなくなって叫んだハルに綱吉は叫び返し、僅かに震えるその声に、ハルは洟を啜りながら、へへ、と笑った。
寄り添い抱き合う少年と少女は、まるで一対の翼のよう。
温かく、柔らかな光を放っていた。