魂の具現化、生命の源。
■芸術を愛する■ 沢田綱吉とオリキャラ 途中、流血表現有り
オペラに紛れた少年
仕事はAの音で始めよう
旋律を間違えた2ndヴァイオリン
どうせ銃声は拍手に紛れちまうだろう
怒号のようなブラボーに、指揮者は優雅にお辞儀した/おまけ
イタリアの第四軍と称される、国家警察、カラビニエリ。
一県を指揮する任に就くのは、准将もしくは大佐である。
ミラノを統括している、ロベルト・マッツォーネは大佐階級だ。
若くして大佐の地位を得た彼は、部下からの信頼も厚く、市民にも慕われている。
その彼は今、迫り来る最悪の事態に、絶望に陥りかけていた。
その手紙が本部に届いたのは、正午を過ぎたあたりった。
「大佐!」
部下が慌てて駆け込んできた。
「どうした?」
「こんなものが・・・!」
何の変哲も無い、一通の白い封筒。
中の文面を読んで、ロベルトは青褪めた。
『夕刻、スカラ座にて上演される「サロメ」に注目せよ。盛大な花火が上がるだろう』
同様のものが、ここ一週間内に二通届いていた。
始めはローマ歌劇場、次いでトリノ・レージョ劇場。無差別テロが行われ、それぞれの建物が半壊、全壊に至った。
いずれも上演中に爆発が起きており、死傷者は合わせて三千人以上に上った。
各国メディアにも取り上げられ、イタリアの軍はこのテロリストを捕まえることで必死になっている。
だが、他の劇場は、予定している公演を未だ中止する気配は見せなかった。
事件が起こって日が浅いというのもあるだろうが、自分と他人の関連性への興味が皆無なのが伺える。
そういう時代になってしまった。
ロベルトは舌打ちした。
「すぐに司令部に連絡を。恐らく、対テロ部隊が出るだろう。それと上映時刻を報告してくれ」
「了解!」
荒々しく閉まったドアを見詰め、ロベルトは手紙を握り潰した。
「人の命を、簡単に扱いやがって・・・・・!」
犯人の動機、目的、何も掴んでいない。焦りばかりが募る。
(・・・・・・・・・神よ)
無意識に、祈った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ここ、どこだ」
この年齢にして、迷子になってしまった。
沢田綱吉は、途方に暮れていた。
気分転換にミラノ観光へと繰り出したは良いが、途中で皆と逸れてしまった。
てーか、アレは絶対リボーンのせいだ。
リボーンがランボを殴り飛ばさなければ、ランボは手榴弾なんて投げることも無かったし、ランボに向かって獄寺君がダイナマイトを
投げつけることも無かったんだ。
慌てて逃げたら変な兄ちゃんたちにぶつかって、何か囲まれたから怖くなってまた逃げて、気がつけばよくわからない
所まで来てしまった。
もうすぐボスを襲名する大事な時期だというのに。
先日、九代目と挨拶周りした際の、多くのファミリーのおっさんたちの目を思い出した。
(あからさまに馬鹿にしていたなあ・・・・)
思わず影を背負ってしまう。通りすがりのおばあさんが、じろりと睨みつけてきた。
「落ち込んでてもしょうがないよなぁ・・・」
顔を上げると、何だか大きな建物が目の前に聳え立っている。
色んな人が入っていくのをぼーっと見ていた。
(取りあえず、警察に連絡取った方がいいのかな?)
警察に道を尋ねるマフィアのボス候補。
(・・・・・・・有り得ねー)
情けない。だが、手段は選べない。
「よし!」
気合を入れた時、前の建物から一人のおじーさんが出てきた。
辺りを見回し、なにやら探している風だ。
目が合う。
途端、険しい顔で近付いてきた。
(え、え、え、?)
「おい、お前か?」
イタリア語で聞かれ、しどろもどろで答える。日常会話程度に話せるまでになったのは獄寺のお陰だ。ひっそりと感謝した。
「な、何がですか」
「バイトだよ!遅いぞ、もうすぐ開演しちまう!さっさと来んか」
「え、え、えええええええええ・・・・・」
首根っこを掴まれ情けない声を上げながら、綱吉は建物――かの有名なスカラ座へと消えていった。
オペラに紛れた、少年。
「ほれ、箒とモップ」
「・・・・・・・・・・」
いつの間にか作業着を着ている摩訶不思議さ。
こーいう展開に慣れてしまった自分に、思わず溜息をついた。
初めて入る劇場に、綱吉は目を丸くした。
近年、改修された此処はモニター設備や装飾のモダン化と、さらに舞台裏まで拡大されたのだそうだ。
じーちゃんが自慢気に語るのを流しながら、僅かに見えるホールを眺めた。
「地下から掃除していけ。広いから終演までかかるだろうからな。終わったらバルコニーと一階だ」
「はーい・・・・・」
ここは大人しくしたがって、帰りの交通費くらいは稼いでおこう。
綱吉はトボトボと階段を下りた。
「広っ!」
楽屋、倉庫、その他もろもろで地下は中々に広かった。
(ホール分だもんなあ)
溜息をつき、箒を履き始める。
地味に楽しさを感じ始めながら、綱吉は黙々と掃いていった。
「フー!いい汗かいた!」
爽やかに微笑んだボンゴレ十代目は、額の汗を腕で拭った。
もはや熱中しすぎて、状況がよく掴めなくなっていた。
「あとは、奥の倉庫だけ・・・・・、?」
倉庫から、男が一人飛び出してきた。目が合う。途端、びくりと体を震わせた。
「え、」
鋭い眼光を帽子で隠し、男はこちらへ走ってきた。
「うわ、あああ!・・・・あ?」
綱吉は、走り去って行った男の背をぽかんと見詰めた。
「何だったんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ!掃除、掃除!」
プロ顔負けの清掃意識を持って倉庫に入った綱吉は、広い倉庫の真ん中に鈍く光る小さな箱を見つけた。
(何だ、あれ?)
近付いてみる。妙に嫌な予感がした。
「―――――――!」
背筋が瞬時に冷たくなった。
額に流れる汗は、先ほどとは明らかに種類が違う。
修行中の家庭教師の言葉が、脳内で駆け巡っていた。
(・・・・・・・・・・C-4、プラスチック爆弾。アメリカ軍が開発、一般的な軍用爆弾。近年は主に、)
テロに使われている。
真上から、オーケストラのチューニングの音が響いた。
仕事はAの音で、始めよう。
ロベルトは焦っていた。
司令部からの指示が遅すぎるのだ。
開演はとっくに始まっていて、しかも今回上演されるサロメは二時間弱だと聞いた。
(・・・・・時間が無さ過ぎる)
イライラとデスクを叩く。上層部は何をもたついているんだ。
(―――!)
勢い良く立ち上がった。
部屋を出る。廊下を大股で歩いていると、後ろから部下が声を掛けてきた。
「大佐!どこへ行かれるのですか!?」
「スカラ座だ」
「でも、今回の一連の事件については、上からの指示がないと・・・」
「その指示が来ないから行くんだ」
「そんな、俺はどうしたら・・・」
「お前は待機。指示が来たら連絡しろ」
言い捨て、コートを翻しその場を去った。
「・・・・・また単独行動して・・・」
呆れたように呟く部下が、残された。
受付の中年女性に身分証明書を突き出し、中へと潜入する。
(爆薬を設置するとしたら、どこだ)
一階以上は客席、舞台。
建物ごと吹っ飛ばすつもりなら、当然下だろう。
「・・・・・地下か」
呟いて、階段を下りる。
中は広く、部屋が幾つもある。だが、犯人は恐らく舞台下辺り、もしくは客席下に仕掛けるかもしれない。
(仕掛けるのに目立たない、それで居て舞台か客席の真下。どこだ)
奥を見る。「倉庫」と書かれたドアがあった。
「アレか」
ロベルトは腰の銃を抜いた。
慎重に、周りを警戒しながら近付いていく。
ドアに張り付くと、中に人の気配を感じた。
(――――!)
意を決して、中へと踏み込んだ。
まず、構造を確認しないと。
綱吉は箒を置いた。プラスチック爆弾は、振動で爆発することはほとんどない。
信管の種類により、どのように起爆されるかがわかるはずだ。
辺りを見渡す。工具箱を見つけ、中から数本、必要と思った工具を出す。
ゆっくりと箱の蓋のボルトを回していく。ドライバーを持つ手が震えていた。
全部外し終えた。そっと蓋を開ける。
「・・・・・・・・・時限式だ」
デジタル時計のパネルがはめ込まれ、数字が並んでいた。
時刻は、残り二時間切っている。
綱吉は僅かな知識を絞り出した。
(・・・・・上演される「サロメ」は、シュトラウス作曲。時間は一時間五十分、)
約二時間。
終演と同時に爆発するように設定してあるのか。
綱吉は一度だけ、リボーンにC-4爆弾の解除を習ったことがある。
本気で爆発すると脅されて、五時間かけてやっと解除した。
少しだけ残念そうなリボーンの顔を思い出し、綱吉はぶるりと体を震わせた。
しかし、今回のコレは明らかに破壊力が上だ。その上、時間制限付き。
(ケータイでも持ってれば、リボーンに連絡が取れるのに――!)
上にいる劇場の誰かに知らせるべきか。
(いや、不味い)
混乱を招くことはすぐ予想出来た。
爆薬からは幾つものコードが繋がっており、おそらく数本断ち切れば解除されることが予想された。
爆薬自体の破壊力は高いが、構造は安易なものとなっている。
箱を持ち上げようとして、ぎょっとした。
地下の電気コードにつながれている。
コレは、切り離すことが出来ない。
ここで、やるしかない、か。
綱吉は、覚悟を決めた。
工具箱からペンチを取り出し、握り締める。
ゆっくりと、息を吐いて、
箱に手を掛けた。
「――――――動くな!」
入り口に、男が一人、銃を構えていた。
「両手を上げろ!」
あれ。
これって、何かヤバくないか。
両腕を耳につけるくらい高く掲げながら、綱吉は真っ青になった。
旋律を間違えた、2ndヴァイオリン。
ロベルトは銃を構えなおした。
目の前に居る人物を、再度確認する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだガキじゃねーか」
「うっせ!」
「喋るな」
うう、と呻きながら、綱吉は両手を高く上げなおした。
「・・・・・東洋人、か?」
「立派にジャポネーゼです」
「お前が連続テロリストの犯人か」
「っはああ!??何だソレ、誤解もいいところ」
ジャキン!
「動くなっつってんだろ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・もーやだ」
ロベルトは近付いて、綱吉を拘束し始めた。
「ちょ、待って、オレはほんとーに無実だってば!」
「怪しげなイタリア語を話すやつは信用しないことにしてるんだ」
「うわムカつく!」
両手足を拘束され、ついでに猿ぐつわも噛まされ、綱吉は傍に転がされた。
「ふが、」
「・・・・・これは、C-4か!?」
その破壊力は侮れぬものであり、この規模の建物なら簡単に吹っ飛ぶだろう。
近年ではテロに頻繁に使用されているが、イタリアでは近年、爆薬類の取締りの強化に努めている。
海外から入ってくる可能性は、ごく僅かと断言出来る自信があった。
(・・・掻い潜って持ち運んだか、もしくは)
軍から流れているか、だな。
ロベルトは苦い顔をした。
上層部からの指示が遅れたことと、何か関係があるに違いない。
(ともかく、解除することが先決だな)
訓練で何度か爆薬解除は行った。
C-4も一度だけ、取り扱ったことがある。
「ふご!ふんん!」
「大人しくしとけよ」
転がった綱吉に向かってそう言い放ち、箱に手を掛けた。
「ふんぬ、むむ」
「・・・・・・何なんださっきから、うるさいな」
呆れたように呟いた時、
ロベルトは背後に殺気を感じた。
「!」
咄嗟に身を翻す。
ヒュッ、と空を切る音が耳元で聞こえた。
目をギラリと光らせた男が、手にナイフを持っていた。
「テメエら、何モンだ」
「・・・・・・・・・・・!」
ロベルトは綱吉を見た。
(・・・仲間じゃ、ないのか?)
ジト目で転がっている少年は、「だから言ったのに」とでも言いたげに半目でこちらを見ている。
(うわ、ムカつく)
「戻ってきて正解だったな。任務を遂行するためには、消えてもらうしかない」
興奮気味に、手を震わせている。
ロベルトは慎重に、じり、と体を動かした。
男が飛び掛ってきた。
身を捻ってかわそうとするが、予想以上に速い動きで捕らえられる。
がづっ!
頬に鈍い痛みが走る。鉄の味がじわり、と広がった。
ロベルトは反転し、男の後ろを取ろうとしたが、男はするりと交わし、あろうことか綱吉のところへ駆け寄った。
「「!」」
「近付くな!こいつがどうなってもいいのか!」
男はナイフを綱吉の喉元に近づけた。
「待て、落ち着け。冷静に」
「来るな!」
男は、気が立っていた。目が血走り、痙攣が激しくなっていく。
あ、これヤバイんじゃねーか、オレ。
思った次の瞬間、
肉を裂くいやな音が聴こえた。
綱吉は、思わず自分の右足の太腿を見た。
深く突き刺さっているナイフが、おもちゃのように太腿から生えているように思った。
次の瞬間、足から全身にかけて激痛が走った。
「――――――ッ!」
綱吉は口元に当たる布を噛み締めた。
ギリ、と奥歯が擦れる音が頭に響く。
耐えろ。
男を見る。
下目にこちらを見てきた男は、爬虫類のような顔でニヤリと笑った。
そして。
「ふ、うううう――――――ッッッッ!!!」
グジュリ。
ナイフを突き立てたまま、肉を抉り取られた。
ブシュウン!と血が勢いよく飛び散り、赤黒い肉がてらてらと光っている。
脳ががんがんと鳴っている。全身から、どっと汗が噴き出したように思った。
綱吉は朦朧としながら、必死に襲い来る痛みと戦っていた。
目の当たりにしているロベルトは、ギラギラと男を睨みつけている。
男は、抜き取ったナイフに滴る血を、恍惚とした表情で見詰めていた。
「テメエ・・・・・」
ロベルトは思わず、腰から銃を引き抜こうとした。
が、「動くな!」と再び威嚇して来た男は、何時の間にか銃を構えていた。
ロベルトは固まった。
(―――くそ!)
目の前で刺されてしまった少年、そして無常にも止まることの無い爆弾。
目の前には狂気を持った男。
どうすればいいんだ。
ロベルトは一瞬、絶望に陥った。
綱吉は、男が油断しているように思った。
軍の人間しか視界に入っていないようだし、この状況が自分に有利だと確信しているのだろう。
(・・・・・・・・・オレが、隙を作れば、)
後は軍の人が何とかしてくれる、はず。
綱吉は必死に体を動かし、音を立てず上体を起こした。
男は気付かない。
ロベルトが僅かに目を開いたが、意図的にだろう、表情を消した。
(気付くな、よ)
綱吉は、男の足に向かって、思い切り体当たりした。
(――――――!)
右足に激痛が走る。綱吉は、歯を食いしばって耐えた。
「ぐおっ!」
男がよろめく。弾みで、銃の引き金に力が入った。
パン!
乾いた音が響く。綱吉は、もしやと思いロベルトの方を見た。
だが、彼は一瞬の隙をついて、男に当身を食らわしていた。
「うッ!」
男は一発で気絶し、その場に崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・全然だいじょうぶじゃないです」
声が返ってきたことに安堵の溜息を漏らし、ロベルトはネクタイの結び目をきつく締めた。
「応急処置だが、多少は役に立つかもな。ネクタイは返さなくていーぞ」
「どうもありがと」
憮然として顔を顰めている綱吉は、抉られて床に落ちた、自分の肉片を見た。
次いで、縛られて床に転がっている男を見やる。呑気に気絶している様に腹が立った。
右足がジンジンと熱を持っている。気が遠くなりそうだ。
早いとこ終わらせて病院へ行きたい。
「皆、誰も気付いてないみたいだね」
「そらそうだ。観客は舞台に夢中、今頃サロメがヨカナーンに会いたがっている頃だろーよ」
拍手に紛れてるんだよ。銃声も、焦りも気付かれずに。
ロベルトは吐き捨てるように呟き、綱吉はハッとした。
「・・・てか、爆弾を何とかしないと!」
「あ」
足を引き摺りながら箱の傍へよる。
時間は、残り一時間半を切っている。
「・・・・・えーと、オジサン」
「誰がおじさんだ。まだ三十代だ」
無言で殴られ、頭を擦った。
(怪我人には優しくしろよ!)
「えー、と、オニイサン、解除できる?」
「一回だけならやったことがある」
「俺も・・・・」
「?!」
「あ、いや、嘘、冗談!」
「・・・こんな時に性質の悪い冗談言うな。まあ、やってみるさ」
額に滲んだ汗を拭い、ロベルトは腕を捲った。
どうせ、銃声は拍手に紛れちまうだろう。
チッ、チッ、チッ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
タイマーの音が無常にも残された時間を減らしていた。
後、五分を切っている。
綱吉は、ロベルトの額の汗を拭った。
「グラッツィエ」
ぼそりと言いながら、コードをジッと見詰めている。
影をつくらないようにと、懐中電灯で手元を照らしていた綱吉は、ふと、ペンチが定まったように思えた。
「緑だ」
ブチン、とコードの切れた音が響く。
何も起こらない。二人は、同時に息を吐いた。
「これで、終わりだ」
残りは、赤、黄、青、黒、四つ残った。
死。
綱吉は頭を振った。
痛みがどんどんと増長していく。気を失わないよう、必死に目の前の爆弾を見据えた。
ロベルトが瞬く。
「・・・・・・・そーいえば、お前、こっから出て行かないのか」
「え、何で?」
「何で、って、普通逃げるだろ」
呆れるような声色に、我に返った。
そーだ、オレ、何で逃げないんだろ。
ちゃんと軍の人も来てくれたし、オレに出来ることは何もない。
綱吉は此処まで考えて、それでも、と思った。
「オレに出来ることがあるなら、少しでも役に立ちたい。ほんの少しでも」
ロベルトは鼻を鳴らした。
「小さな正義感で、命を粗末にするこたーねーよ」
「どっちにしろ、この足じゃ無理だよ」
綱吉は小さく笑った。
「・・・何がおかしい」
「オニーサン、何だか態度が雑になってる。そっちの方が似合う」
目を開いて、バツが悪そうに鼻の頭を掻く。
生まれた地方がいい所ではなかったのが、ロベルトのコンプレックスだ。
上を目指すと誓ったとき、自分の振る舞いを正そうと決心した、つもりだった。
「生意気言ってんな」
軽く小突いて、再び箱へと向かった。
「・・・・・もし、爆発したら、さ、」
「演技でもないこと言うな」
「死ぬときは、一人は嫌だよね」
綱吉が吐く、震えた浅い息が断続的に響く。
ロベルトは言葉を失った。
この、少年は。何を言ったのか。己は、深読み過ぎたのだろうか。
もしかして、自分と共に死ぬと、言ってくれたのか。
まだ出会って間もない、見知らぬ人間に向かって。
「死なないさ、俺も、お前も、上に居る人間たちも」
「そうだね」
15秒前。
ロベルトは、心を決めた。
もう勘しか頼れるものはなかった。
(・・・・・・・・・サロメ、)
ヨカナーンの首は刎ねられただろうか。
真っ赤な鮮血が飛び散る場面を思い出した。
(赤、だ)
赤のコードにペンチを伸ばした。
8、7、6、
がし、と手を掴まれる。
ロベルトは驚いた顔で隣に居る少年を見た。
綱吉は、ロベルトの手からペンチを取り、唐突にコードを切った。
(・・・・・あ、黒)
4、3、2、
ブチン。
オーケストラの音が止んだ。
観客の、盛大な拍手が階下にも響いている。
「「・・・・・・・・・・」」
二人は顔を見合わせた。
「おーい、掃除終わったかー?」
同時にドアの方を見る。
用務員のじーさんが、戸惑った風にこちらを見ていた。
「アンタ、確か、軍の・・・・」
フッ。
ロベルトが、笑った。
綱吉は目を見開き、ブハ、と吹き出した。
次の瞬間、太腿の痛みに顔を顰める。
慌てて近付いた男の顔がぼんやりと掠れていくなあ、と思いながら、綱吉は頭を振った。
寒い。
「・・・・・・・・・オニーサン、軍の偉い人?」
「まあ、一応な」
自分を支えながら器用に肩をすくめたロベルトに、綱吉は訴えた。
「頼む、病院連れてって。タダで」
そこから先は、覚えていない。
怒号のようなブラボーに、
指揮者は優雅にお辞儀した。
気持ちいい。
病院から出た綱吉は、目を閉じて向かい来る風を浴びた。
「綱吉」
後ろから声を掛けられ、振り向く。
「ロベルト!」
忙しいんじゃなかったの、という意味を込めて驚きの声をあげると、大佐はニヤリと笑った。
「ちょっとだけ逃げてきた」
今回の犯人の後ろには、何と、独裁政権を理想とする一部のイタリア軍幹部が絡んでいた。
後からロベルトが知ったのは、上層部が軽く混乱状態に陥っていたらしいという事だった。
情報が錯誤していて、様々な県に犯行声明が送られた、と黒幕が見せかけた。
それで各県に指令を出していたが、こちらへの指示は内部犯の妨害によって止められていたらしい。
(腐った世の中になったもんだ)
思想の違いで、人間が命を落とす。歴史的には人は何も成長してはいないのだろうか。
とりあえず、明るみになったことで独裁政権思想の人間は軍からいなくなった。はずだ。
各国からも様々な声明、非難等が出される中、政府はテロに対してより厳しく対策を練っていくはずだ。
自分は自分で、軍で出来ることをもっと真剣に考えなければならない。
ロベルトは、今回の事で決意を新たにした。
「なんか、色々ありがとね、お世話になっちゃって」
綱吉は片足を見やった。
右足は包帯で巻かれ、松葉杖までついている。
奇跡的に神経は無事であり、一日ぐっすり寝た後、無理を行って病院を出させてもらったのだ。
「名誉の負傷だな、立派なもんさ」
ロベルトが笑い、綱吉も顔を引き攣らせながら微笑んだ。
「・・・・・・・・ところで」
「ん」
「何であの時、黒だとわかったんだ?」
「・・・・・?」
「お前、躊躇いなくコード切っただろ。C-4を扱ったって、嘘じゃなかったんだな」
言外に何者だと問われているのには気付かないふりをして、綱吉は軽く答えた。
「最後の配列は、オレは全然わかんなかった。ただ、何となく」
「俺だって何となく赤にしたぞ。ヨカナーンの血を思い出して」
「サロメがヨカナーンに惚れたのは、白い肌、そして、黒い髪」
綱吉は淡々と言葉を紡ぐ。
「サロメの淫靡な欲望は、どす黒い執着心。母親のヘロディアスも、父親のヘロデ王も、その醜い欲望が表れてる」
シュトラウスは、それを表現したかったんじゃないかな。
「まー、適当だけどね」
「適当かよ」
突っ込みながら、ロベルトは魂の中心が疼くのを感じた。
何だ。俺は今、妙に高揚している。
「綱吉」
「なに」
「お前、軍に入らないか?」
ブホッ!
思わずむせた少年の背を、男は慌てて擦った。
「ごめんなさい、無理!」
「・・・・・・・・・・・・そうか」
「でも、オレもうすぐイタリアに住むんだ。だから、たまには会えると思うよ」
「そうか」
少しだけ微笑んだ大人は、嬉しそうに見えた。
ありがとう!と礼を言って手を振ると、向こうも後ろ向きに振り返してくれた。
それを見届け、ほっと息を付いたところで、綱吉ははたと気が付いた。
あれ?
オレ、結局どーすればいいんだ。
未だに迷子だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
どーしよう、ロベルトに送ってもらえば良かっただろうか。
マフィアのアジトまで?冗談じゃない!
この際だ、ヒッチハイクとかしてみようと一大決心した綱吉は、いきなり頭部に衝撃を受けた。
ズゴスッ!!
「――――――ッ!!!」
もんどりうって転がる。足にも痛みを感じ、二重の苦しみが上と下を襲った。
「沢田綱吉」
聞きなれた静かな声に、綱吉は恐る恐る顔を上げた。
最強の子供が、漆黒のスーツをバシリと決めて佇んでいる。
表情は消されていたが、纏うオーラが明らかに怒っていると告げていた。
生まれて初めて呼ばれたフルネームは、瞬時に身を凍らせた。
「リ、リボーン先生・・・・・」
「テメエ一昨日どこで何してた、この頼りないお口でほざいてみろ」
「しぇんしぇ、すみましぇんでひは、はなひへ」
「チッ、ダメツナめ」
リボーンは手荒く離し、徐に新聞を取り出した。
「見ろ」
「・・・・・・・・・?」
一面、イタリア軍に潜んでいた危険思想幹部のことが取り上げられている。
見出しである『連続テロ解決!』の文字は、あえて見ないようにした。
「この写真だ」
やや大きめに写っている写真の真ん中には、先ほど別れた人物が写っていた。
そしてオヒメサマ抱っこされている、半分切れているがしっかりと写っている人物。
「あ」
「『あ』、じゃねえ。テメエ迷子になったと思ったら、何ゴタゴタに巻き込まれてんだ」
「・・・・・・・まあ、これには色々と事情が」
「言い訳は屋敷で聞くからな。さっさと歩け」
「待って、マジで待って、オレ今碌に歩けないんです」
ずるずると引き摺られながら、綱吉は地下での出来事を思い浮かべた。
あの時、サロメのことを考えていたのは事実。
だが、そこになぜか浮かんできたのは、ニヒルに笑った最強の家庭教師だった。
(リボーンといえば、やっぱ黒だろ)
無意識にコードを切っていた自分に、何となく納得いかないまま戦慄した。
リボーンをジッと見詰める。
視線に気付いた子供は、青筋を立てた。
「その間抜け面、とっとと元に戻せ。ああ、元からそんな顔か」
「・・・・・・・・・・・」
サロメの、ヨカナーンに対する狂気に満ちた執着。
頭に浮かんだ、家庭教師。
(・・・・・・・・・・・・・・・・いやいやいやいや)
綱吉は、頭を振って思考を振り払った。
(オレはサロメなんかじゃねーぞ・・・・・)
子供は未だ不機嫌だ。
珍しい、何時もなら嫌味を飛ばして軽く流すか、面白がって悪乗りするはずなのに。
機嫌を上昇するには、どうすれば良いだろうか。
屋敷に帰ってもこのままだと九代目の協力が必要だ、と肩を落とした。